苦しいとか、言っちゃって。

それは唐突だった。
予感も悪寒も前触れも、何もかもすっ飛ばして、突然現れた。だから、対応なんて出来なかった。

「adieu」

フランスが砕けた意味でその言葉を使った訳ではないことくらい、イギリスはわかっていた。わかっていたから、ぎりり歯を食いしばる。そうして堪えた。
別れはいつだって、"おもい"。
それはもう、ぺちゃんこに潰されてしまいそうなほどに。
ああでももしかしたら、もうとっくの昔に潰されてしまっているのかもしれないけれど。
これだけ長く存在していると、苦しいことが飽和しても良いはずなのに、どうも慣れることが出来ない。それとも、慣れるということが、潰れるということなのか。
そんなこと誰にもわからないけれど。
傷が増える度に弱くなる自分のことを、少なくともイギリスは嫌いだった。

「ああ、」

じゃあ、と言葉は続かなかった。
これ以上を形にすると、多分泣いてしまうだろうから。
イギリスは痛いくらい手の平に爪を立てる。
別れを彩るには呆気なさ過ぎるドアの音が響いてそして、ようやっと強張った意地っ張りの肩が震え出した。
ふ、と息を吐くと、自分でも信じられないほどの涙が目頭から目尻から、一気に溢れ出す。思い切り声を上げてしまいたいのに、今しがた出ていったばかりの優しい男に聞かせてはいけないからとイギリスは息を止める。
かくり足から力が抜けて、膝をついた。古めかしい絨毯が己の流した雫で濡れていくのを、イギリスは滲む視界で見つめる。
こうして泣いているところに颯爽と現れて、ぽんぽんと頭を撫でるのは、長いことフランスの仕事だった。
今やその温もりは海を隔てた遠くに行ってしまったのだけれど、イギリスは手を伸ばすのを、やめられなかった。

「、フラ、ン…」

助けて、と、碌に息が出来ない身体が悲鳴を上げる。ああだめだ、そんなことしたら。頭ではわかっている。だってあの優しいフランスはきっと、求めれば振り向いてしまう。求められれば、与えてしまう。それだけは、だめ、だめ。
なのに。

「フ、ラン…っ」

イギリスが一際大きくそう叫んだ時、がちゃりとドアが開く音がした。
刹那、ふわり包まれる、慣れた感覚。

「アーサー」

ごめんね。ごめんね。
言ったフランスは、イギリスの存在を確認するようにきつく抱きしめる。
ほんとは、全部全部嘘っぱちなんだ。

「求められたから、与えたんじゃない」

溢れたから、注いだ。ただ、ただそれが、認められなかっただけ。それだけ。
湿っていくシャツに、フランスも泣いていることを知る。ごめん。何度も繰り返される謝罪に、イギリスはもう聞きたくないと耳を塞いだ。
ちがう、そうじゃない。

「お前が今言うのは、そんな言葉じゃないだろ」

なぁ、愛の国。
縋るように背中に腕を回したイギリスが耳元でそう言うから、フランスはくすり、泣き笑いみたいな顔をした。
ああ、そうだったね。

「愛してるよ、アーサー」

もう離してあげない。


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