責めの色を含んだ声が、意に反してフランスの頬を殴った。
それは例えるなら、底のない沼に沈みゆく者の頭を踏み付けるに等しい行為だとわかっていたが、熱くなって焼き切れてしまいそうな思考回路が思うままに働いてくれるはずもない。イギリスは肩で息をして、自らの髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜる。
「最、低だな…お前」
手の平に爪を立てるイギリスから零れ落ちたのは、じめじめと暗い叱責の言葉だけだった。なんとかしてこの男の息の根を止めてやりたい。震えた指先が掴み取ったその本音に、しかしイギリスはふるふると首を横に振った。違う、そうじゃない。フランスを、責め立てたい訳じゃ、決してない。
「うん、わかってる」
お前の言う通り、俺は、最低な奴だよ。
言ったフランスに、知らなかったの?と言外に詰られているような気がして、イギリスは目を見開いた。形にならない色んな感情が綯い交ぜになって、壊れてしまう。そう、思う。
「ごめんね、イギリス」
くしゃくしゃに顔を歪めたフランスは、イギリスに触れることも出来ずに膝を折る。
ねぇイギリス、俺は。
「愛なんてものが、わからない」
胸を押さえて、溢れ出す何かを、どこかに追いやるみたいに。フランスは、言った。
この男がそう言うことの痛さを想い、イギリスは唇を噛む。愛は、彼の柱だ。支えだったはずだ。なのにフランスはそれを、真っ向から否定した。かちりと、イギリスの中で、音が鳴る。
「……死ん、じまえ」
乾いた頬を、するり雫が伝った。イギリスはフランスと目線を合わせるように膝をついて、フランスの頭を抱きしめる。
お前は、俺を、愛せないのかもしれないけれど。
「俺はお前を…愛してる、のに」
どうしても、手放すことが出来ないのに。
濡れたシャツがフランスの肩に張り付いて、イギリスの涙は存在感を増したようだった。そうした素直な感情の発露を、フランスは至極、美しいと思う。自分には、ないものだ。フランスはくすり笑った。
「馬鹿、だよ――お前」
ほんとに、馬鹿。
言ったフランスはイギリスの胸に崩れ落ちた。
そうして聞こえた鼓動が、どうやらフランスが言うところの、愛なのかもしれなかった。