得体の知れない何かがいる。
それは手を伸ばし足を伸ばし、きっと俺を俺から、ずらしていく。

ほら、みっともないでしょ、と言われて、ようやっと俺は顔を上げた。足音で、今声をかけてきた馬鹿がどちらさまくらいはわかっていたから、それまで別に顔を上げて確認することはしなかった。そこまでしてやらなければならないほど気を遣う相手ではないし、そんな大した奴でもない。
ただの腐れ縁。ただの隣国。体のいい、喧嘩相手。言ってしまえば十把一絡げの中の、とるに足りないひとつ。
結局俺にとってその程度だ。フランスなんて。

「なにしに、きた」

自分でも驚くほど低い声が出て、喉がびりびりと痺れた。
特にフランスに恨みがある訳ではない。昔の禍根を別として今この時に限っては、馬鹿みたいに俺に手を差し延べるしか能がないこいつに、俺は何も感じない。筈なのに。
苦い苦い、味が、口の中に、広がる。

「ほっといてくれ」

そんでどっか、俺の知らないところで、俺の知らない女に搾りとられて死んじまえ。
目は乾いてるのに、口から零れ出たスラングはどことなく濡れていた。胸の中でなにかが、暴れ回って、なにかを壊そうとしている。なにかを、殺そうとしている。
ああ是非そうしてくれよ。俺の中に住まうなにか。お前が壊そうとしているのは俺の中の、俺だろう?
坊ちゃん、と諌めるフランスの声が落ちてきた。
だから俺はにっこりと笑う。

寂しい時、必ず隣にいて、手を差し延べてくれる、優しくて愚かしい、お前がどうか。

――まかり間違っても、幸せになど、なりませぬように。

一生、俺に縛られ続ければ、いいんだ。


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