海に、手を伸ばすみたいなものだ。
溺れて、溺れて、ほらもう、どうしようもない。
ああ女がつける香水だ、と悟った瞬間、イギリスはフランスの唇に噛み付いてしまった。汚い自分の心の奥底にある、重い蓋がぎしり音を立てる。
主導権を握った、いつもより苦いキスは、フランスが軽くイギリスの舌を噛むことで終わった。二人が決めた、それは拒絶のサイン。
悪いけど、アート。
「今日は、だめ」
お兄さん、お疲れだもん。
何が?ともナニが?ともイギリスは聞かなかった。聞く必要もなく、知っていた。
ふうん。オンナは抱けて俺は抱けないってか。大した愛の国だな。それっぽっちのスタミナしかねぇのに、よく名乗ったモンだ。
イギリスはそれすらも、飲み込んだ。いつものスラングすら、喉に詰まらせた。
なんとなく、それを吐き出せば、泣いてしまうような気がした。
「ねぇ、坊ちゃん」
べつにこれは契約違反じゃないし、俺は悪いこと、してないよ?
なのになんでそんな顔するのとフランスはイギリスの頬を撫でる。
セックスするためだけにいるなら存在を許されるイギリスの部屋で、そうしないからと言って、責められる謂れはない。ただの暗黙の了解。取り決めた訳では、決してないのだから。
「そうだ、な」
わかってるよ、それくらい。
言ったイギリスは泣きそうな声で、肩を竦める。どうしたって、言えなかった。
他の奴とセックスするのも、キスするのも、話すのすらやめてほしい。そんな醜い、独占欲。
イギリスは、意地っ張りで、そして何より、臆病だ。
「坊ちゃん」
好きだよ。
ガラスのように、透き通った嘘が、イギリスの耳を叩く。