その音を聞いて、フランスは頭が真っ白になった。いつだって美と愛を象った国の体裁として保っている、ある意味ステータスである僅かばかりの余裕すらかなぐり捨てて、フランスは何も考えず走り出した。
なにかあった?考えて、背中を冷たいものが這う。何もなければいい。嫌な予感が巣食った頭を軽く叩いて、ぎゅっと目を瞑る。
イギリスからの連絡は、いつも簡潔だ。例えばメール。社交辞令や堅苦しい挨拶は抜きにして、まるで箇条書のような淡々とした文体で仕事内容を送り付けてくる。デートや食事といったプライベートなお誘いは専らフランスがする為か、仕事以外の用事では、イギリスは滅多に自分からフランスに、電話もメールもしない。それが。
フランスが朝起きると、イギリスから着信が入っていた。めずらしいこともあるもんだな、表示を見ればついさっきあったばかりの、一言だけの留守電。
『会いたい』
フランスは耳を疑った。
どうしたって素直になれないイギリスは、フランスに会いたいとそう思っても、決してメールも電話もしてはこない。フランスが気づかない程度にサインを送り、それが目にとまる日をずっと待っている奴だから、こんなあからさまに行動することは有り得ないと言ってもいい。
(なんか、あった?)
フランスは手入れの行き届いた髪を振り乱し、走る。焦った頭が最悪の結末を描いていたから、そんなことに構っている暇はなかった。
思えば、もう半年以上顔を合わせていない。隣にいるのが当たり前だった日々の中で、フランスでさえパズルのピースが一つだけ足りないような、ぽっかりと穴が空いた心の隙間を持て余していたのに、あの湿っぽい自虐紳士が平気な訳なかったのだ。忙しさにかまけて、イギリスに連絡しなかった自分を、フランスは死ぬほど悔やんだ。
「イギリス!」
通常なら包丁が飛んできてもおかしくはない粗暴さで(イギリスの邸宅は、大抵鍵がかかっていない)、勝手知ったる隣国の家、フランスはイギリスのいるであろう、随分手のかけられた庭へと走った。
色とりどりの薔薇が咲き誇る庭に入った瞬間、ふらんす、と間抜けな声が聞こえて、フランスはへたり、その場に座り込む。
「イギリス…」
きょとんと目を丸くした姿を認めた瞬間、フランスは荒い息を隠そうともせずにイギリスの名前を何度も呼んだ。それをみっともないと自制する気持ちは、一つもない。
ただ、イギリスがそこにいて、フランスを見ている。それだけで胸が熱くなった。
「イギリス、イギリス」
お願いだから。
言って、フランスは目の前まできたイギリスの裾を掴む。
「…勝手に、いなくなったりしないでよ」
俺を、置いて行かないで。
そう宣ったフランスに、それは俺の台詞だろうと、イギリスは呆れたように肩を竦めたのだった。