お兄さんね、好きな子がいるんだ。
いつになく顔を赤くしたフランスが言うから、イギリスはその特徴的な眉毛をぴくりと動かしたまま、静止してしまった。

フランスとイギリスは到底、恋人などと呼べる間柄ではない。何百年も、会えば体を重ねる、それだけの関係であった。ただの性欲処理であり、それ以上では決してない。だけれど。

「そ、っ…か」

震えた喉が紡ぎ出せたのはたったそれだけで、イギリスは自らの冷たくなった指先に視線を落とす。妙に痛い胸が、どくりどくり鳴っていた。
二人がこういう関係になってから、フランスが誰かと付き合うということ自体はいつの時代だって、何度だってあった。それでも二人は誰にも内緒でこの関係を続けてきたから、いつまでも続くと思ってしまっていたから、イギリスは言葉を詰まらせた。
でもこれは、今までとは違う。
今までは、好きな人がいるなんて、絶対に言わなかった。イギリスが知らない間にイギリスが知らない人と付き合って、イギリスの知らない間にイギリスが知らない人と別れる。それが、二人の内で暗黙の了解となっていた。なのに。
フランスは、イギリスに告げた。「好きな子がいる」。
それが何を意味しているかくらい、鈍感なイギリスにだってわかる。
喧嘩をしては握手を交わす二人の、きっとこれが最後になるのだ。

「うん。だからね、坊ちゃん」

もう、やめようよ。
言ったフランスは婉然と微笑んでいて、イギリスは唇を噛む羽目になった。幸せなのだと思うと、いつものスラングすらも出てこなくて、気を紛らわす為流し込んだコップ一杯の水が、やけに熱く感じる。
いつだって愛を求めた男がやっと掴んだ幸福を、邪魔する権利は、イギリスにはない。でも。

「……どうして泣くの」

ねぇ、アート。
困った顔をしたフランスにそう言われてやっと、イギリスは自分が泣いていることに気がついた。
イギリスは濡れた自らの頬に触れる。なんで。なんで泣いてんの、俺。
くらくらとその場に立っていられないくらい眩暈がして、それでもイギリスは動けなかった。だって、フランスが、イギリスを見ていた。
なぁ、フラン。フランシス。縋るように名前を呼んで、イギリスは引き寄せられるようにフランスの手を掴む。

「やだ、よ」

わがままなのは充分に理解していた。
オーバーヒートしてしまいそうな頭で必死に言葉を繋ぎ合わせる。イギリスは、ずっと、フランスが好きだった。キスすらしない爛れた関係でも、肌を重ねるだけで、それだけでよかった。

「お願…い、だから」

やめるなんて、言わないで。
最早何を言っているか自分でもわかっていないイギリスをフランスは唖然とした顔をして見ていたが、長い、永遠とも思える溜め息をついたあと、頭を抱えた。
ごめん、アート。

「お兄さんの言い方が、悪かったね」

次の瞬間、イギリスはフランスの腕の中にいた。
身長は変わらないのに骨格からして違うフランスの腕の中で、イギリスはふるふると首を振る。優しくて残酷な嘘は、いらない。
それでも、フランスは続けた。ねぇアート。

「俺には、好きな人がいる」

「鈍感で、意地っ張りで、酒癖が悪くて、料理が下手で」

「だから、俺はお前を、こういう形で抱くのをやめようと思う」

その好きな人っていうのはね。
フランスは少し身体を離して、イギリスの目を見つめる。

「お前のことだよ。アート」

洒落た告白も通じないなんてお兄さん泣きそう。
なんて茶化して言われて初めて、イギリスは顔を真っ赤に染め、憎き髭面の唇を奪うことに成功したのだった。





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