がしゃあん。
とてもとても、嫌な音がした。
「ほらよ」
いつもは紳士を気取った澄まし顔でマナーがどうちゃら宣う癖に、ほとんど投げられるようにして置かれたお気に入りのティーセットに、気付かれないよう溜め息を吐いた。
理由が分からない訳ではないから、余計厄介なのだ。
フランスはどうしたもんかと知恵を搾る。相手が相手だから、変な工作は全て裏目にでてしまいそうだ。
「坊ちゃん」
取り敢えずどれだけ怒っているかを知る為、フランスはイギリスの頬に触れる。
これが女なら、一秒と保たず墜ちてしまいそうな甘い声で、手つきで。
だけど、今回は相手が悪かった。女でもなければ、フランスの無数にいる愛人でもない。
パシンと。
フランスの手は、振り払われた。
「…触ん…な」
低く唸るように声を絞り出したイギリスの頬は、濡れていた。
そこにきてやっと、フランスは事の重大さを理解する。
つまり、フランスが思っているよりずっと酷く傷付けてしまったのだと。
「…もう、いい」
「坊ちゃん…」
こうなると手の施し様がない。
勝手に自分を追い詰めてしまうイギリスには、フランスがどんな弁明をしても通じないだろう。
「あの子とは、何もないよ?」
「…関係ない」
こういう風に。
フランスはイギリスを抱き寄せた。今度ばかりは、自分が全面的に悪いのだと分かっているから。
そして何より、イギリスがどうしようもなく好きだから。
「アーサー」
滅多に呼ばない"名前"を呼んで、背中をあやすように叩く。
愛していると、耳元で囁く。
これが今、フランスに出来る精一杯の謝罪だった。
それを知っていたから、イギリスはまだ濡れた声で呟いた。
「…次やったら…また100年フルボッコにしてやる」