例えば。
起き抜け一番の言葉が、いつもと違ったとか。
ベッドの中で囁かれる睦言が簡素であったとか。
情事後のシャワーが一人だったとか。赤い痕が普段よりちょっとだけ少なかったとか。
ただ、それだけの話なのだけれど。
これは特別おかしなことではないのだ。
そう考えて、イギリスはぎゅっと唇を噛んだ。今にも泣き出しそうな瞳を軽く瞑り、息を吐く。
こんなこと、なんでもない。そう、震える胸に言い聞かせる。
「坊ちゃん?」
一体全体、どうしたの。
異変に気づいたフランスが、俯いたイギリスの顔を覗き込むから、イギリスは大袈裟なほどに反応してしまう。
びくり、まるで悪戯を見咎められた子供のように肩を揺らして、フランスから距離をとったイギリスは、ふるり、ゆるやかに首を振った。
「…もう、やめにしよう」
なぁ、フランス。
言ったイギリスは、ふわりと薄く笑う。
当然、形だけを繕ったそれは見るに耐えないほど歪なのだが、その虚勢を難なく看破出来てしまうはずのフランスは目を見開いたまま小刻みに震えていた。
「は、……ぇ?」
坊ちゃん、それ、どう、いう。
ぱくぱく、気持ちだけが先走って声が出てこない。フランスはもどかしさに髪をがしがしと掻き乱す。
イギリスはそれを見て辛そうに眉根を寄せ、それでも涙だけは零さないように手のひらに爪を立てた。
「…ごめん、フランシス」
でも、もう無理だ。
例え自らに非があったとしても中々謝りたがらないイギリスが、ここでそう告げた意味を、フランスは理解出来ない。
肝心なところで分かり合えない二人の、それでも想いは消えてくれなかった。
これ以上の言葉は、足枷だ。正常に働かない頭で、それだけは必死に弾き出し、フランスはイギリスを抱きしめた。
「…っやだ、はなせ…ッ」
「離さない」
絶対。離さない。
言ったフランスの腕は、足は、震えていた。
ただただ、こわい。
一度手に入れてしまった温もりが、するりと自分の中から消えてなくなってしまうのが。
何より、こわかった。
「なにも無理なことなんてない。それをお前が否定しても、俺は認めない。片っ端から肯定して回るから」
だから、とフランスは言う。
背丈の変わらないフランスの腕の中にすっぽりと納まって、イギリスはぼろぼろ泣いていた。
もう涙を堪えることは、出来なかった。
「……俺の、傍にいてよ…アート」
弱々しくそう言ったフランスを、イギリスは心底卑怯だと思った。