それはフランスにとって、イギリスにとって、わりかしいつものことなのだが、その日常の中に、思いもかけない非日常が潜んでいた。

びきりと腰が悲鳴を上げたから、イギリスはその特徴的な眉を思い切り寄せた。立ち上がりかけた身体を軋むベッドに沈めて、くそ、と呟く。あの髭ワイン。ざけんなよ。

「…ありえねぇ」

潜り込んだベッドの中で、イギリスは憎々しげにぽつり落とした。フランスは(特にこと恋愛に関しては)忠実というか、どんな些細なことにも努力を惜しまない誠実な男なので、情事の後、イギリス自身の身体は勿論、脱ぎ散らかした衣服、ベッドや寝具に至るまで綺麗に、それこそ来た時よりも綺麗に整頓していく。
だからイギリスが目を覚ますと、そこにあるのは腰の違和感とキスマーク、フランスが愛用している香水の微かな残り香だけ。それだけ。
くん、と鼻を鳴らして、イギリスは目を閉じた。石鹸の匂いに混じる、甘い香り。ぐんと体温が上がるのを感じて、イギリスはくそ、とまた呟いた。

「ずるい」

こんなの、ずるい。
イギリスは言って、フランスの匂いがする枕をぎゅうと抱きしめる。何もなかったかのように装うなら、いっそ全てをなくしていけば良いのに。
いつも中途半端に痕跡を消していくから、イギリスはフランスの面影を探してしまう。フランスはきっと、わかってやっているのだ。抱き込んだ枕は当然、熱くなった頬を冷やしてはくれない。

「……ちっ」

足りねぇよ、フランス。
舌打ちして、イギリスは頭を抱える。
こんな気まぐれに残されたお前の残滓じゃ、全然足りねぇよ。イギリスは言って、唇を噛む。ああもう。くそ。

「……フランス」

フランス。フランス。フランス。
熱を燈す名前を咀嚼するように呼んで、イギリスは目を閉じる。

「…フランシス」
「なぁに、坊ちゃん」

国としてではなく、個として与えられた名前。 それを(最早呼んだとは言えない軽さの)呟きに、笑いを含んだ声が返ってきた。

「フランシス!?」

なんで、ここに。
帰ってなかったのか。イギリスが問えば、フランスは笑う。だって、坊ちゃん。

「今、何時だと思ってるの」

流石にお兄さんこんな時間に帰れないよ。
言われて、枕元の時計を見れば、短い針が指し示す5という文字。まさか15時間ぶっ通しで寝たはずもないから、まだ午前の5時なのだろう。気づいて、イギリスは頬を染めた。あの物欲しげな声を、フランスに聞かれてしまった。
うわぁ、これは死ねる。イギリスは思って、フランスを睨みつけた。

「さっさと帰ればかぁっ」

勿論、これは八つ当たりであるとイギリス自身にも分かっていたが、それはそれ、また別の話である。
頬が熱い。これでは脳が沸騰して、致命傷になることは間違いない。
フランスは苦笑して、そんなイギリスの小振りな頭を掻き混ぜた。
帰らない。帰らないよ、坊ちゃん。

「だって、泣いちゃうでしょ?」

俺が帰ったら。
フランスは言って、イギリスの唇に自らの唇を合わせた。次の瞬間に、意地っ張りな恋人から贈られる拳を覚悟して。だが、いくら待っても、思い描いた衝撃はこない。

「坊ちゃん?」

どうしたの?
不思議に思ったフランスが、俯いたイギリスの顔を覗き込むと、意地っ張りな恋人は何故か、ぼろぼろと涙を流していた。

「……った、」
「え?」

なに、坊ちゃん。
フランスが問うと、イギリスは悔しそうに唇を噛みながら、フランスのシャツの端を握りしめた。

「…寂しかったって言ってんだよばかぁっ」

その無自覚の誘い文句に後押しされたように、フランスはイギリスを乱れ一つないベッドへと縫い留めた。




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