壊れた。
イギリスは唐突に、そう思った。

ざわざわする。ぐらぐらする。ひりひりする。
なんだかとっても、心が痛い。
押さえた胸から伝わる鼓動が熱を帯びている気がして、イギリスはそっと舌打ちした。

(………くそ…ッ)

意味わかんねぇよ。
呟いた言葉は、大気を揺らすことをせず、ただただイギリスの腹に重いものを残していった。
ああもうちくしょう。イギリスは喉の奥で唸って、手の平に爪を立てる。

(……今まで、何ともなかったのに)

例えば、名前を呼ぶ時の声。例えば、虚ろに宙を見遣る視線。例えば、苛立たしげに机を叩いた、あの指の行方。
たった一言で、それらの内包する意味が変わってしまった。少なくともイギリスはそう思う。

(……くそ…ッ)

ふざけんな。ばか。しんじまえ。
多種多様、思い付く限りの中傷をイギリスは胸に当てた手を下ろした。後ろから、静かな足音が聞こえたからである。
体重の乗せ方。一定のリズム。
それが誰のものであるかなんて、振り向かずともイギリスにはとっくにわかっていた。

「……坊ちゃん」

なんで、逃げるの?
落ちた声は沈んでいて、イギリスは強く目を瞑る。じわじわと浸蝕されるような痛みに食いつぶされてしまいそうだった。
イギリスは、フランスに背を向けたまま、ゆっくりとしゃがみ込む。このままなくなってしまえば良いのに。そう思った。

ざわざわする。ぐらぐらする。ひりひりする。


蹲ってしまったイギリスに、フランスは呆れたように溜め息を吐いて、イギリスの目の前で屈む。そうしてイギリスの顔を上げさせた。

「…逃げないで、坊ちゃん。否」

アート。
呼ばれた名前、国ではない人としての名前に、イギリスはびくりと身体を強張らせた。フランスは、とても悲しそうな顔をしている。
それでもイギリスは、身体の底から沸き上がる震えを止めること出来なかった。
どうにも震えが止まらない手で、イギリスはフランスの手を勢いよく振り払った。ぱぁんと、小気味いい音が、響く。
イギリスはただただ、恐かった。傷つくことが、恐かった。
振り払われて行き場を失ったフランスの手は、しかしてイギリスの震える肢体を抱きしめた。離してやらないよ、坊ちゃん。吹き込まれて、イギリスはぽたり、涙を落とす。

「……愛してるんだ、アート」

ねぇ、信じて。逃げないで。
言ったフランスを振り払うことは、もうイギリスには出来なかった。
ざわざわする。ぐらぐらする。ひりひりする。

どきどきする。

あれだけ震えていた身体は、もう大人しくなっていた。

「……アート」

イギリスの名を呼んで、抱きしめる手をフランスが強めるから、くそ、とイギリスは低く呟いて、いけすかない隣国の広い背中に腕を回したのだった。





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