ん、と差し出された手にフランスは呆れたように溜め息をついて、積み上がった書類の束の一部を差し出した。

折角の休日、久し振りに会った恋人に対する態度がこれなのだから、俺って報われないよね、とフランスは肩を竦める。フランスもイギリスも、国務に忙殺され、二人して休みをとれることなど滅多にない。だからどちらか一方が休みであれば、相手を訪ねるのが暗黙の了解となっている。二人でいるだけで幸せだなどと恥ずかしいことを述べるつもりはないが、相手が仕事をしている姿を見るだけ、見られるだけ、それだけで、フランスはどうしようもなく喜びを感じてしまう。それは、隠しようもない、本音なのだけれど。
例えばイギリスがご自慢の食物兵器を携えてフランスの家を訪ねてきた時などには、フランスの、書類にサインをするペンの動きはぴたり止まってしまう。それは別段イギリスが何かをしたからと言うわけではなく、否、むしろ何もしないからこそ、フランスはついついイギリスの頬をつついてしまう。邪魔にならないように部屋の隅でぴょこぴょこ遊んで欲しそうに尻尾を揺らすから(いや、これは流石に比喩だ)、フランスは愛を語る為にあると自負する母語を、イギリスの小振りな耳に吹き込まずにいられないのだ。
それがどうした、と言われればそれまでかもしれない。実際イギリスが来た時、フランスの仕事が捗らないのは、フランス自身の所為なのだから。
でも、だからってさぁ。フランスはため息を吐く。

(…これじゃあ、お兄さんだけが、好きみたいじゃない)

いつぞや聞いた、星合いの話を思い出した。日本にそれを説かれた時、フランスはロマンチックだと思いもしたが、やはり大半を占めていたのは呆れの念。好きな人に年一度しか逢えないなんて、ああなんて可哀相な彦星!
彦星は不安になったりしなかったのだろうか?なんの疑いも持たず、織姫が自分と同じよう逢瀬を待ち侘びていると、信じていたのだろうか?
そうだとしたら彦星って、出来た男だよね。フランスは思って、眉を寄せた。果たして自分は、どうなのだろう?と。

「…おい」

フランス、と声をかけられて、物思いに耽っていたフランスは大袈裟に肩を揺らしてしまった。顔を上げると無表情でこちらを見つめるイギリスと目が合う。

「ん、なぁに?」

どうしたの、坊ちゃん。
フランスは言って、小首を傾げた。また、何かとって欲しいモンでもある?
フランスの問いに、イギリスは玉座のような椅子をくるりと反転させた。必然、フランスからイギリスの顔が見えなくなる。
なぁ、フランス。

「…メシ、作れ」

それ食ったら、どっか、行こう。
消え入りそうに落ちたイギリスの声に、フランスは一瞬目を見開き、そしてふわりと微笑った。
坊ちゃん、お仕事は?問うたフランスにイギリスは簡潔に「終わった」とだけ応えた。真っ赤になった耳が、フランスには堪らなく愛おしかった。

「……坊ちゃん、愛してる」

真っ黒い椅子の背に当たった彦星様ご自慢愛の言葉は、「うるせぇ、バカ」と、乱暴で愛すべき織姫様によって一蹴された。



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