出無精という訳ではなく、単に出かける理由がないから仕事以外の理由では滅多に家の外に出ないイギリスが、唯一自ら、外出する日がある。誰にも告げず、たった一人で向かうのは、海峡の向こう側、腐れ縁にしてもっぱらの喧嘩相手、憎くて愛しい、髭面の恋人の家。

―prisoner―

ねぇ、と言ったきりフランスが動かなくなったから、イギリスは訝しげに眉を寄せた。いつもと変わらぬように見える愛と美の国は、何かを痛みを堪えるような顔をしてから肩を竦めて苦笑する。
やっぱりなんでもないよ、坊ちゃん。そう言ったフランスの目元に濃い隈が出来ているのをイギリスは知っていて、なるべく自然に視線を逸らした。それでも酷くぎこちない仕種だったであろうそれに、フランスは何も言わない。イギリスがどんな気持ちでここに来ているかを、知っているから。

「なぁ、」

次に声を上げたのは、イギリスだった。フランスと同様、後に続く言葉を考えつかないままの呼び掛け。二人の間に、重い沈黙が落ちた。
お互いに踏み込めない、否、踏み荒らせない場所があるのを、二人はよくわかっている。

「―――恨んでるか」

耐え切れなくなったように、イギリスは静かに問うた。俯いたイギリスからは何の感情も読み取れなくて、フランスは眉を寄せる。何百年越しに聞けたイギリスの問いは、酷く簡潔で、シンプルな生き方を愛する彼の、紳士としての性格が伺えるとフランスは唇を噛む。
飾らない言葉の中。私は貴方の為に戦っているのです。真っ直ぐに瞳を見据えて言った彼女の実直さを、見た気がした。

「……恨んでないよ」

くるりと、隠れるようにイギリスに背を向けて、フランスは言った。恨んでないと、自身に言い聞かせるように。しかしイギリスには、わかっていた。表情が見えなくても、今、フランスがどんな顔をしているのか、痛いほどに。
だから、イギリスはフランスへと歩み寄る。重圧に耐えるように丸まった背中を、イギリスは悲痛な想いで見つめていた。
ここで謝るのは筋違いだとわかっていたから、イギリスはただ小さく見えるその背中を抱きしめた。振り払われなかったその腕は、フランスの身体と同じくらいに、震えていた。

「恨んで、ない。でも、」

忘れ、られないん、だ。
フランスが途切れ途切れに紡いだ言葉は、イギリスの回した腕の力を強くした。
フランスもイギリスも、国家だ。上司に命令されれば今、この瞬間からだって戦わなくてはならない。だから、イギリスは永遠とも思えるため息を吐いた後に。

「良いんじゃないか」

そう一言、落とした。
良いんじゃないか、それで。まるで咀嚼するように言ったイギリスの顔は、フランスには見えない。イギリスにも、フランスの顔は見えない。だけど震えた腕が、身体が、相手が泣いているのだと、教えてくれた。



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