到着



「そいつは大変だったな……二人とも」


 暮れなずむ街並みの中を走る車の中で、親父のため息みたいな呟きが、呆れたもんだと訴えている気がした。

 ここはトウカシティ。自然と人が触れ合う街その触れ込み通り、ホウエンの山間部に造られたこの場所は、多くの住居と緑が共存する地方都市……俺たちが目指した、郵便物のお届け先だ。

 その受取人である親父センリの運転する車に、俺とハルカは乗せてもらっている。到着が予定より遅れた俺たちを見かねて、親父が車を街の入り口まで回してくれていたとのこと。正直めっちゃ助かる。疲れで足が笑ってたからな……。

 しかしこれだけの遅刻。流石に何も聞かれないはずもなく、俺たちは道中であったことを包み隠さず白状した。野生のジグザグマに手を出したこと、危険とわかっていながら森に入ったこと、なんなら木を一本ぶち折ったことも……洗いざらいである。


「とりあえず、無事で何よりだ」


 親父は一言。それで済ませる感じの労いをくれた。いやいや、親父殿よ。


「もっとなんか、言うことないのか?」

「え……すまない。淡白すぎたか?」

「リアクションの薄さにびっくりしたわけじゃねぇよ」


 天然か。その歳だと若干寒いぞ。

 俺が言いたいのは、お叱りのひとつくらいあった方がいいんじゃないかって話なんだけど。


「怒んないのか?」

「ん、何がだ?」

「いやだから、森に入ったこととか……」

「あぁ、そんなことか……」


 そんなことってアンタ……一応あそこって、トウカも管理に一枚噛んでるんだろ? ジムリーダーは謂わば責任者。監督してる立場なんだったら、言うことのひとつやふたつ、あって然るべきだろ?


「別に……お前もその危なさをわかってるんだろ? ハルカちゃんだって……」

「わかってたら、それでいいって?」

「痛い目には遭ったみたいだし、危険を理解しているなら、私から言うことはないよ」


 緩いなぁ……てっきり小一時間くらいは説教されるかと思ってたぞ。まぁ確かに、親父が誰かを叱ってる姿なんて想像できないけど。ジムリーダーとしてそれはどうなんだ?


「ただオダマキからはこと付けがあったよ。『うちの娘が、お宅の息子さんを引っ張り回してるかもしれない』ってね」

「う……ごめんなさい。おっしゃる通り、私が振り回しました……」

「お前、敬語とか使えたんだな」


 どうやらオダマキ博士はこの事を見越して、親父に一報入れてくれてたらしい。その口ぶりからして、ああいう衝動的な言動は昔かららしい。でもそれがわかってたなら、俺にも一言欲しかったぞ、博士。


「何はともあれ……二人とも、私のためにありがとう。来てくれて嬉しいよ」

「忙しいところ、邪魔だったろ。待たせて悪かったよ」

「邪魔なもんか。今日は一日時間を貰ってるからね。二人とも、疲れてるだろ。ジムで風呂と、細やかながら夕飯も用意してるから。今日は泊まっていくといい」

「え、いや俺は

「いいんですか!?」


 宿泊と聞いて、そこまで世話になるつもりはなかった俺を差し置いて、ハルカは身を乗り出す。遠慮ってもんは知らないらしい。


「元々、二人にはジムの見学でもどうかと思ってたからね」

「え! ジムの中、見せてくれるんですか!?」

「また急だな……予定通りなら、俺はとんぼ返りするつもりだったぞ」

「ハハ。まぁ強制はしないが……どのみち、今日これから帰るのは無理があるだろう。余程急用あると言うなら、車でミシロへ送ってもいいが……」


 そう言われて、俺は自分の端末を開いて時刻を確認する。大体、夜七時前ってとこか。


「……わかった、今回は世話になるよ。今から車飛ばしてもらうのも悪いし」

「決まりだね! よーし、じゃあトウカジムまで、出発進行ー♪」

「もう向かってるけどね……」


 結局、親父の提案に乗っかることにした俺たちは、親父の安全運転によって、トレーナーたちの学舎に連れて行かれることとなった。

 でも、この時の俺は知らなかった。

 この安易な決定が、後にとんでもない事態へと発展する事を







 ジムへ向かう道中、俺たちは一度ポケモンセンターを訪ねて、怪我をしたジグザグマを預けた。感染症でもなければ大事には至らないとは思うが、一応念のため、専門家に一日預けることにした。

 それに伴ってハルカのワカシャモ、俺のキモリも預けることにした。こっちはともかく、ワカシャモ(ちゃも)は右脚を酷使している。選手生命すら心配した俺だったが、担当のジョーイさん曰く、「なんなら自己治癒力で治りかけてますね」とのこと。不死鳥か何かですか? とことん規格外のポケモンを前に、俺は考えることをやめた。



 ポケモンたちを預けた後は、改めてジムに向かった。到着後、俺たちは親父によって、今晩泊まる個室へと案内される。親父曰く、『使われてない部屋の方が多いから気にするな』とのこと。

 簡素とはいえ、二段ベッドにテーブルと収納部屋まで備えられてる立派な個室を使わせるなんて……太っ腹過ぎませんかね?

 これに加えて風呂と晩飯も付くとかん?


「じゃあ私、上の段ね!」

「ちょっと待てぃ」


 唐突になんか言い出す同郷女子なんで俺に貸してくれた部屋で、ハルカさんが寛いでんですか? 素早い身のこなしで、あっという間にベッドの上段へと上る少女を睨みながら、俺はまさかと顔を青くする。


「親父……これはどういうことだ?」

「人手の関係で、用意できた部屋がこの一室だけでね。一晩だけだし、ハルカちゃんと二人で使ってくれると助かるよ」

「ふーん、それなら仕方ないか」


 うんうん、使ってない部屋のセッティングって、結構な労働だもんなって。


「納得できるかぁ!!!」

「どうしたユウキ!?」

「どうしたもこうしたもッ! 年頃の男女、ひとつ屋根の下に押し込めるバカ親がどこにいんだ!! あぁここに居ましたねってやかましいわッ!!!」

「どーしたのユウキくん、そんなに上がよかった?」

「ちょっと黙ってろ赤色ぉ!!!」


 ぶっ飛んだ事態に俺はバチボコにキレ散らかす。いや、これは許されんだろ。いくら部屋の用意が大変だからって、もう十五にもなる異性二人を同室に押し込めるとか……ギャルゲーやってんじゃないんだぞ?


「て、手狭になってしまったのは悪かったよ。でも気の知れたハルカちゃんなら、別にいいかと思って……」

「ハルカだから問題なんだろうがッ! 今からでも遅くないから、もう一室案内しろッ!! 自分で掃除すっから!!!」

「私と一緒のお部屋って、そんなに嫌!?」

「嫌……な……わけ…では………!」


 いやいや落ち着け、こっちはご厚意に甘えている身だ。わがまま言っちゃいけない……だよな?


「嫌じゃないなら……なんでダメなの……?」


 そう言って、ハルカはベッドから降りるとズイッと顔面を俺の顔に近づけてきた。

 ぱっちりと開いた目、整った鼻先に艶やかな唇うん、これ、やっぱダメだわ。


「ダメなもんは……ダメなんだよぉ……!」


 ここまで言ったにも関わらず、ハルカも親父も、頭の上に「?」を浮かべて立ち尽くすのみだった。ヤドンの如き鈍感さに頭を抱えながら、俺は渋々折れるのだった……。







 部屋に荷物を置いた俺たちは、ひとまず泥だらけの体を洗うために浴室へ

 このジムにはジム生に解放されている大浴場もあるらしいが、飛び入りの人間が使用すると、事情を知らない関係者に不信感を持たせてしまうとのことで、職員用のシャワールームを使わせてもらった。俺としては、こっちの方が人と顔を合わせなくて済むのでありがたい。
 
 シャワーから上がると、親父の用意してくれた予備のジャージに袖を通す。合流したハルカも同じ姿で現れた。

 その後、案内されたのは食堂。広い空間に大量の長机と椅子、厨房一体のセルフ形式の注文口は、食堂というよりモールのフードコートって感じだった。

 客層のほとんどが若者俺と歳が変わらないくらいのやつから、十歳来てるのかも怪しいくらいの子供まで……何人かは相棒らしきポケモンと、楽しそうに食卓を囲んでいる。俺たちと同じジャージを着ていることからも、ここのジムトレーナーで間違いなさそうだ。


「わぁ! 人がいっぱい♪」

「ジム生は無料で食べられるからね。おかわりも自由だから、年頃のみんなにはうってつけさ。あ、二人は今回、特別に利用を許してもらってるよ」


 なんて抜かす親父だが、正直俺の頭には何も入ってこなかった。

 な、なんだこの人混みは……え、ここで飯食うの……?


「どんなメニューがあるかなぁ? 楽しみだね、ユウキくん!」

「あぁ……うん……ちょっと食欲、無いかなぁ」

「夏バテか? ちゃんと食わないと、体力落ちるぞ?」


 うっさい。こちとら久しぶりの人混みに眩暈起こしとるだけじゃ。親父はホームだし、ハルカはコミュ力お化けだから何も思わないかもしんないけど、さっきから何人か、こっち見てんだよ……。

 やめて……認知しないで……俺はこの二人についた埃みたいなもんなんです……。

 小物らしく縮こまっていたが、俺の願いは虚しく、一人の少年が俺たちに近づいてきた。


師範! お疲れ様です!」

「やぁミツルくん。君も夕飯かい?」

「はい! 新技の調整に集中してたら時間忘れちゃってて……」

「久しぶり、ミツルくん♪」

「あ! ハルカさん! ご無沙汰してます!」


 ミツルと呼ばれてる、癖っ毛の緑髪が特徴的な少年は、ハルカとも面識があるようで、二人はキャッキャしながら握手していた。


「その節は大変お世話になりました!」

「私は何も……それより、アグロは元気?」

「元気してますよ! 今日も新技の特訓をやってて……」


 顔馴染みらしい二人は、当時を懐かしむように語り合う。ハルカもどこか嬉しそうで、それがなんだかって、何考えてんだ俺は。そりゃ俺の知らない交友関係くらい、あるだろ。

 なんとなくモヤっとした気がするが、疲れてるからだろうと断じた俺は、先に飯をいただこうと踵を返した。積もる話が長引くなら、お邪魔虫は退散しますよなんて、思った時だった。


「………レッドスワロー?」


 ハルカを見ていた一人のジム生の口から、そんな言葉が飛び出した。かなり小さい声だったと思うが、それだけで騒がしかった食堂が静まり返る。
 
 今なんて言った?……れっど………??


「「「えええぇぇぇーーーーー!?!?」」」


 俺の疑問を吹き飛ばす勢いで、周りのジム生たちから動揺の声が上がった。そこから俺たちに人が群がるまでは、秒だった。


「なんでスワローがここに!?」
「もしかして師範に挑みに来たとか!?」
「ジム戦の前に、一旦俺とバトルしようぜ!」
「可憐だ!付き合ってくれ!!!」


 押し寄せたジムの若者によって、俺は揉みくちゃにされる。これには流石のハルカも面食らったようで、引き攣った笑顔のまんま固まってしまっていた。おいおい、どうすんだこれ……!?


「はいはいみんな。いきなり詰め寄ったら、彼女もびっくりするだろう。質問がある者は、食事の席でするように!」

「「「はーーーい!!!」」」


 親父の覇気はないがよく通る声で、ジム生たちは聞き分け良く返事した。暴走寸前だった少年少女を一瞬で鎮圧するとは……うーん、腐っても人気ジムの責任者。親父って人徳あんだな……。

 とにかく、お陰で俺たちは夕飯へとあり付ける。配膳受け取り用のお盆を取ってから、セルフカウンターの前で、何にしようかと品書を見上げる。

 メニューは和洋折衷……意外と高カロリーなものもあるな。育ち盛りは食えとでも言わんばかりのラインナップだ。

 どれにしようかと迷ってると、隣にいるハルカの方から話しかけてきた。


「さっきはびっくりしちゃったね……」

「あぁ……というかお前、有名人なのか? さっきもなんか変なあだ名で呼ばれてたし……」

「あぁ、二つ名ね。なんか知らないうちに呼ばれるようになっちゃったみたい……」


 二つ名確かプロのトレーナーには、本人の特徴を捉えたリングネームみたいなのが貰えるんだけっけ? 最も雑誌かなんかで取り沙汰される時に、メディア関係者が勝手につけるものらしいけど。それがさっきのレッドなんちゃらだったってわけか……。

 ひとつ謎が解けた後、俺たち二人は注文した配膳を受け取る。俺はチキン南蛮、ハルカはビーフステーキ。また遠慮なく行ったな。

 早めに飯を受け取った親父が席を確保してくれたお陰で、俺とハルカも難なく着席。昼間の事件もあって空腹が限界近い俺は、早速メインに箸をつけようとして


「それで、なんでトウカジムにいるの!?」


 馬鹿でかい第一声に、俺は摘んだ鶏肉を皿の上に落っことす。

 それは待ち構えていたジム生のもの。話は食事の席でというジムリーダーの言葉に、忠実に従っていたそいつは、まるで犬ポケモンそのものだった。


「えっと……センリさんにお届け物があってね。ご実家がミシロだから、私とユウキくんで届けに来たの」

「なぁなぁ! ジム戦ってどんな感じだった!? やっぱ本気のジムリーダーってやべぇ!?」

「本気かどうかはわかんないけど、強いよ。ツツジさんは岩タイプ使いだったけど、弱点タイプで攻めても中々崩せなくて……」

「わたし、トーナメントの話聞きたい! あっという間に優勝しちゃったんでしょ!?」

「みんな強かったよ! 気迫っていうのかな……テレビなんかで観たのとは別物って感じ


 次から次へと繰り出される質問に、ハルカはすぐに答えてみせる。その姿はまるで、スーパープレイヤーと称される様なアスリートのそれだった。この歳にして、既にこんなに人気を集めるとは……ハルカって、やっぱ凄いのな。


「そりゃ勝てねぇわけだ」

「ユウキはハルカちゃんと相当バトルしたらしいじゃないか。手応えは?」

「さっぱり。素人以前の俺にどうもこうもできねーよ。手抜きされてたってのは本当みたいだし」


 親父のそれは愚問だった。手応えどころか、ただ遊ばれていたってだけだ。

 ハルカの今の相棒はワカシャモ。グラエナたちから逃げのびた後、改めてその点について追求したら、「あのアチャモはお父さんのラボにいたポケモンを借りてただけだよ」と吐きやがった。

 要するに、大して育ってもいないアチャモに、俺は良いとこなしで負け続けてたって訳だ。


「人が悪いにも程があるよなー」

「彼女にそんな悪意はないと思うが……」

「それはわかってるけど、格付け済んだ後も何度もバトル仕掛けられてんだぜ? やられるこっちはたまったもんじゃない。もう慣れたけど……」

「ハハ……でも、ハルカちゃんを楽しませられるくらいには、ユウキにも才能があるんじゃないか?」


 才能……? またえらく曖昧なことを言ってくれる……。


「他に遊び相手がいなかったってだけだろ。残念ながら、俺にはバトルの才能はなかったよ」


 俺にはそう言える明確な根拠があった。相手がハルカだったってのもあるかもしれない。だけど……。


「一発だ。一発だって、まともなダメージは当てられなかった。ハルカと出会ってからこの一ヶ月……手持ちでもないアチャモ相手に、何の成果も得られなかったよ」


 善戦どころか、勝負にすらなってなかった。森で見た戦いは、俺に真実を悟らせるには十分過ぎるものだった。


「同い年だけど、天才のあいつとは住む世界が違うって思い知らされたよ。あんだけ強いんだ。そりゃ、見ず知らずのポケモンを助けたいって飛び出せるくらいには、余裕あるわけよ……」


 俺にはそんなものはなかった。ただ飛び込めばどうなるか、常に最悪のことばかりを考えて、前向きな思考はひとつも浮かばなかった。

 その点、ハルカは違った。きっとどんな苦境も、自分とポケモンの力で乗り越えられると信じてる。雲ひとつない自信は、俺が生涯かけても手に入れられないもんだ。

 住む世界が違う……なんとなく今、それがわかった気がした……。


「……誰だって、初めから強い訳じゃない」


 俺の言葉に何を思ったのか、親父はそう切り出した


「誰だって、始めた頃は初心者だ。私も、ハルカちゃんも、ここにいるジム生みんな、最初はお前と同じように無力だった。要は、そこからどう伸びていくのか……ってことじゃないか?」

「未来の自分に期待でもしろって……? そもそも俺、別にバトルが強くなりたいわけじゃないんだけど……」

「じゃあ、なんでそんなに悔しそうなんだ……?」

「なんでって……」


 悔しい……? 俺が…………?

 まさか俺にそんな熱意はない。

 ハルカとは、確かに大きく溝を開けられている。でも最初から、同じ土俵に立つ気もさらさらない。バトルがどんだけ強かろうが、俺の中では結局あいつも一人の女の子でしかない。

 あいつがスター扱いされるような凄い奴だからって……俺には関係ないことだろ……。


っていうか、そっちの子は誰?」


 いきなりハルカに向いていた注意が、こちらに向いた。

 そこにいる一同が、一斉にこっちを見てくる。それだけで……俺の体は石みたいに固まった。


「あぁ、紹介が遅れたな。こっちはユウキ私の……(せがれ)だ」


 その瞬間、全員が息を呑むのがわかった。直後、さっきのハルカよりも気持ち大きい驚嘆が上がった


「しししし師範、子供いたんすかぁ!?」
「確か、最近ご家族をホウエンに呼んだとか言ってましたけど、彼が!?」
「おいおいどーなってんだ!?」
「もしかして、ジム入りすんの!?」
「ねぇねぇ! 師範って家ではどんな人なの!」


 全員が思い思いに質問してくる。人の感情が津波みたいに押し寄せて、俺はただ目を回す事しかできなかった。

 うぉぉぉおおおい!!! こっちは最近ようやっと外を出歩き始めた引きこもりなんだよ! ダメ、アカン、無理何を訊かれたのかも理解しないまま、俺は向けられた視線から目を逸らすので精一杯だった。

 ハルカ……お前、よくこれと会話できたな……。


「ねぇ、なんか言ってよ! あ、もしかして、騒がしいの嫌い?」
「一匹狼ってやつか? クールだね♪」


 そんな良いもんじゃねぇよ。せいぜい生まれたてのルリリ……ガチの人見知りである。


「前はどこ住んでたの? 向こうでのトーナメント戦績ってどんな感じ?」


 ジョウト地方、灯台のあるアサギシティ……とだけ答えるが、その後の質問は意味すらわからなかった。

 だから、俺、引きこもり……OK?しかし、質問は止まるところを知らない。というより、話がどんどん勝手に進んでいく。

 得意なバトルスタイルとか、尊敬してるトレーナーは誰かとか、プロになったらどこまで目指す気なのかとか……とにかく、俺がそれなりのトレーナーである前提で話が構築されていった。

 手前のハルカのインパクトがデカすぎたのか、俺まで凄腕トレーナーとして認知されてしまっている。ジムリーダーの息子ってのも、幻想に拍車をかけてしまった。ただでさえ何も言えないのに、『実は引きこもりのコミュ障です』とか……言えないんですけど。

 あと、親父はなんでさっきから見てるだけなんですか? ハルカが囲まれた時は助け舟出してくれたのに、俺の時だけなんで? ニコニコしてる様に見えるのは、新手の家庭内暴力ですか?

 そろぼち何かの糸が切れそう……というか、気持ち悪くなってきたそれらしい理由をつけてトイレに駆け込もうかと思いついたところ、ようやく親父が口を開く。


「ユウキは……ジョウトに残してきた家族だ。私がジムリーダーを目指す間、妻を支えてくれた」


 親父が話し始めると、暴走気味だった連中は静まり返った。


「私が夢にかまけている間に、待っていてくれたんだ。自慢の息子だ。自分のしたいことを犠牲にして、母さんと一緒に暮らしてくれたんだ。それで、バトルにはこれまであまり触れて来なかった」


 親父は、『自分がいなかった期間』について語る。どこか申し訳なさそうに、どこかありがたそうに……。


「みんなのように、家族の後押しがない中で、ユウキは本当に根気よくしてくれた。だから、今日はお前に、恩返しがしたい」


 親父は次にこう言って、俺の両肩に手を置いた。


「ユウキ……トウカジムに来ないか?」


 その時、俺の心臓が騒つくのを……確かに感じた……。



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