ライバルハンティング




ハハハ。しかしまぁ何というか、年頃の子とのコミュニケーションは大変だね》


 トウカジムリーダーのセンリは、ユウキをジムに送り返したあと、車の中で一人の男に電話をかけていた。相手はオダマキ博士学生時代からの旧友である。


「今更ながら思うよ。私が空けてしまった溝は、簡単には埋まってくれないものだとね……オダマキ、君のようには上手くやれないよ」

《そう言ってくれるな、センリ。僕も探り探りさ。それに、ユウキくんもジム入りしたんだろ? 彼なりに考えがあるんじゃないか? 君との関係を改善するためのさ……》

「だったら……………うん、嬉しいね」


 センリは少し間をあけてから答える。その様子を不思議に思ったオダマキだったが、すぐに話を本題へと進めるべく口を開く。


《そういえば、昨日頼まれた『102番道路周辺のポケモン分布データ』君のプライベートパソコンに送っておいたよ》

「あぁ、ありがとう。助かったよ」


 オダマキが言ったデータは、先日センリが依頼した代物である。そこには、月単位で変遷するポケモンたちの生息状況がまとめられている。センリが求めたのは、今年に入ってから今に至るまでの、“あるポケモン”の確認報告である。


《一応、僕の方でも軽く調べてみたけど、ユウキくんの読みは当たってるみたいだね》

「では、やはりポチエナの数が……?」

《ああ、断定はできないが、ユウキくんとハルカが遭遇した付近に、ポチエナの目撃情報が集中しているね。よく見かけるとは思っていたが……》

「調べてみた方が良さそうだな」


 ポチエナの群れが道路付近の茂みで確認されたこの事実を受けて、センリは改めて『ジムリーダーとしての仮面』を被る。この辺りの人間にとって、命綱とも言える街道の異変を見過ごすことは、責任者の沽券に関わるから。オダマキも自分のスキルを役立てるために、センリに協力するのだった。

 ポチエナの発見率は本来低い。ただの偶然であればいいがそう願いつつ、二人は事実確認へと動き出す旨を伝え合った。

 が、ここでオダマキが唐突に切り出す。


《あ、もうひとつだけ……気になってたんだが……》

「ん、どうした?」

《いや、ユウキくんに持たせた『届け物』とやらは……結局何だったのかな……てね》

「あぁ……そんなことか……」

「そんなことって……だって、通常規格のデータストレージに収まらないような代物だろ? 気になるじゃないか!」

「うーん、そんな大したものではないんだけどね……」


 妻のサキが預かっていたという『届け物』。センリが残していったものに、オダマキは興味を惹かれていた。

 “データストレージ”現実にある道具を電子データ化して、端末に仕舞い込むシステムは、日常的に使われる他、運搬や郵送の手段としても用いられる。しかし内容物が複雑・大質量のものとなると、データ化に失敗してしまう。センリの品は、そういう類のものだった。


「そういえば、まだユウキからは受け取っていないな」

「え、そうなのかい?」

「元々急ぎではなかったからな。昨日はあんなことになってしまったから、受け取る機会を逃したんだよ」

「君も相変わらず、頓着が無いというか……」


 旧友は、センリの動じなさにため息をつく。こういう素振りも珍しくはないが、もう少し自分の所有物に対する執着を見せてもいいのではないかと思うのである。

 それで、改めて聞くのだった。


で、何を届けさせたんだい?」







「“笛”……?」


 俺とハルカが覗き込む先にあるのは、小さな木箱に入った、古めかしい縦笛と思われるものだった。

 事の発端は、ハルカがしてきた質問から始まった。親父にジムまで送ってもらった俺は、自分の手持ちと一緒に預かったワカシャモを持ち主に返すべく、施設の中を捜索。ちょうどハルカが自室に戻っていて、すぐに再会できたのは運が良かった。

 それですぐにワカシャモを返すことには成功したのだが、その際に「おじさんにお届け物って渡せたの?」と聞かれた訳である。

 ぶっちゃけ忘れてた。昨日はそれどころではなくなっていたが、言い訳としては半端もいいところ。とりあえず俺はショルダーバッグに入れていた“小さな木箱”を取り出して中身を確認した。

 縦長の棒に、一定の間隔で空いた穴は、よく見る木管の笛で……手に取ってみるも、特に変わったところはない。


「年季の入った笛だね……これを届けようとしてたの?」

「多分……でもなんだってこんな古ぼけた笛を、親父は後生大事にしまってたんだ……?」

「思い出の品……なんじゃないかな。ほら、奥さんとの結婚記念にとか?」

「だったら別に家に置いててもいいだろ? 第一これ、データストレージに収まらなかったらしいぞ……?」


 ハルカの推理では辻褄が合わないことを口走るも、そう言う俺も腑に落ちる理由はてんで思いつかない。

 これが特別な品だろうってとこまでは予想できるけど、その実態がなんなのか……親父はなんでこんなもんを後生大事にしまっておいたのか……さっぱりである。


「でもよかったね。見たところどこも壊れてないみたいだし」

「いやホントに。昨日は走ったり転んだりしたから、割れててもおかしくなかったんだよ。これ、考古学で大変貴重な……とか言わねぇよな?」


 この扱いにやや疑問が残るも、両親の迂闊さに呆れながら、俺は笛の入った箱をそっと閉じる。ハルカの質問に答え、状態の確認までできたのだから、これ以上の詮索は無意味だ。品物は、そのうち親父に渡そう。


「この後は野外演習だっけ? お前、出るの?」

「うん! ワカシャモ(ちゃも)も帰ってきたしね! ユウキくんは?」

「俺は午前でぶっ倒れたから見学。サオリコーチに付いて、色々教えてもらうよ」

「そっか。じゃあいいとこ見せないとね!」


 ハルカはそう言って、細い腕でガッツポーズを取る。やる気になっているところを見ると、何やら楽しみにしているのが伝わってくる。

 こういう時のこいつは、加減ってものを知らない。


「……ほどほどにやれよ」


 せめてもの忠告をする俺だったが、こいつが聞く耳は持つはずもなく……この後、まぁまぁの暴れっぷりを披露するハルカだった。





 102番道路の一角には、『狩場』と呼ばれる野外演習場が存在する。山間部を開拓して整地した街道とは違い、見かけは手付かずの自然といった具合の空間である。

 もちろん、言葉通りの自然というわけではない。この区画に棲みついているポケモンは、ジム側で選定された『比較的好戦的な個体』となっている。人間が立ち入るのは無論危険、他の野生のポケモンですら近寄らないほど、生存競争が激しい場所……らしい。

 そんな場所だからこそ、プロを志すトレーナーたちにとっては、格好の修練場となるわけだ


ガササッ!


 生い茂った草木の隙間から飛び出したのは、俺も見慣れたポチエナ。そいつが目指す先にいる少年トレーナーは、素早く反応して野生と対峙する。

 手持ちのポケモンは、丸い桃色の体を持つ“ゴニョニョ”。主とポチエナとの間に滑り込むようにして割って入り、臨戦態勢に


「まずは一匹目“さわぐ”!!!」


 少年の声に、ゴニョニョは耳の根本にある呼吸器を開く。そこから取り込んだ空気を、自分の口から“音”に変換して、辺り一帯に吐き出す。それに巻き込まれたポチエナは、なす術なく吹き飛ばされた。

 ポチエナは戦闘不能。体力が生命危機圏内になったそいつは、身体を縮めて姿を消した。一撃の威力は相当らしいが……トレーナー方も巻き込まれてるように見えたのは、気のせいか?


「よっしゃあ! さぁ、次は


 と、トレーナーが息巻いたところで、周りの茂みから複数の音がする。

 それは、さっき倒したポチエナの仲間……その群れだった。それぞれが外敵に対して牙を剥き、唸り声を上げて襲いかかってきた。

 だが、少年の口元は緩んでいた。


「次はお前らだ!!!」


 トレーナーが声を荒げる。するとゴニョニョは、素早く呼吸器から空気を再充填(リロード)。再び“さわぐ”の発動をす


シュザザザザザン!!!


 るかと思った矢先、ポチエナたちは素早く飛び込んできた“何か”に斬り裂かれた。攻撃を仕掛けようとしたゴニョニョとトレーナーは、唖然とする。


「わりーな、つい横取りしちまったぜ!」


 そのトレーナーを横切るように走るのは、若草色の髪とオレンジ色のトレーナーウェアが特徴的な少年だった。その隣には、さっき攻撃を加えたであろうポケモンザングースが並走している。あいつ……確か昨日の……!


「ひ、ヒデキ……!?」

「次からは周りに気をつけな! でないとまた掻っ攫っちまうぞ!」


 憎たらしい言葉を吐きながら走り去るヒデキは、そのまま森の中へと消えていった。多分、次の獲物を探しにいったんだろう。一部始終を、森に飛ばしたドローンのカメラ越しに観ていた俺はため息をつく。

 俺は今、狩場に指定されている森の少し外れに構えられた、簡易テントの下にいる。そこは森に突入したトレーナーたちの出発地点でもあり、俺の他には現場監督のサオリコーチが一人。ポケモンや人間の怪我に備えられた医療スタッフが二人、あとは機材班が数名うろついている……という具合だ。

 それにしてもなんて手際の良さ……モニター越しでよくは見えなかったけど、ザッと五、六匹はいたであろうポチエナを瞬殺とは……態度は気に食わないけど、言うだけのことはあるな。


「ヒデキくんね。彼のジム歴は五年……アマの中なら、ウチのトップ5に入る実力を持ってるわ」


 モニターに映る光景に驚いていた俺に声をかけてきたのは、この野外演習を仕切るサオリコーチ。俺の実力を鑑みて、今回は見学に回してくれてた張本人だ。

 曰く、このヒデキってヤツは相当やるらしい……。


「なるほど……親父が気に入るわけだ」

「お父さんが……どうかした?」

「あぁいや、なんでもそれよりこの演習。結構えぐいですね……?」


 また少し上がる溜飲を誤魔化した俺は、すぐに話題を切り替えた。

 今やってる演習は『ライバルハンティング』天然の狩場に放たれた野生のポケモンを、制限時間“20分”の中、トレーナー同士で奪い合う早い者勝ちレースだ。ポケモンを倒せば経験値に、強い個体を捕獲すれば自分の手駒にできるというそれぞれの目的に応じた、フリースタイルのトレーニングとなっている。

 今見たカメラ以外にも、一画面を数十個のライブ映像に分割されたモニターには、どこもトレーナー同士の野生ポケモン争奪で火花を散らしている。そのまま互いのポケモンでバトルを始める奴らも散見された。

 この辺、通常のトレーニングとは違って、マジで弱い奴は入っていく隙がないな。


「かなり実戦を意識した演習だからね。君を外した理由は、これでわかって貰えたかしら?」

「元からついていけそうにないのはわかってましたから……でも、これが実戦向け……?」


 確かにハードでシビアなトレーニングだとは思うが、サオリさんが言うところの意味はよくわからなかった。

 実戦って、つまりは試合ってことだ。長方形のバトルコートの中で、相手のポケモンと一騎打ちする形式のアレ……である。そこは特に遮蔽物もないし、他のトレーナーが乱入してくるようなルールでもない。今やってるトレーニングとは、真逆だと思うんだけど……。


「一見するとサバイバル要素が多すぎて、最初は戸惑うかもしれないけどね」

「戸惑うも何もって、また他の奴が別のトレーナーに横取りされましたよ。これってつまり、漁夫の利を狙えってことですよね?」

「確かにその通りよ。馬鹿正直に森に突っ込んでポケモンを探しても、出てきた野生を他の参加者に取られてお仕舞い」

「だったら

「でもそれは、みんなわかってること

「………?」


 サオリさんの含みを持たせた言い方に、俺は首を傾げる。そりゃ、みんなそういうもんだって理解して、トレーニングに参加してるのは知ってるよ。でもそれがなんだって言うんだ……?


「ユウキくん、もし自分がポケモンを見つけたとして、今みたいに漁夫の利をされるかもしれないってなったら……君ならどうする?」

「……攻撃を仕掛ける前に、周りを確認する……かな」

「それを落ち着いてできる自信はある?」

「落ち着いて……? 来るとわかってるなら、何よりも警戒するでしょ? 多分、今参加してるトレーナーもみんな……って、アレ?」


 そう思ってモニターを見てみると、不思議な光景が広がっているように思えた。

 なんでかみんな……焦って行動してないか……?


「なんで、誰も行動の前に一呼吸置かないんだ? やってる奴もいるにはいるけど……ほとんどみんな、パニクってる?」

「そう。これがライバルハンティングの難しいところなのよ」


 サオリさんは得意げに、人差し指を立てて説明に入った。


「野生ポケモンは好戦的だから、森に入ればすぐに襲ってくる。最初はそれをただ返り討ちにすればいいけど、森の奥に行くに連れて、前後左右上下からの攻撃に気を張ってないといけない。その上で、他のトレーナーによる妨害も加味しなきゃならないの。それを、『制限時間』という限りの中でね……そんな中で、『一呼吸』なんて置けると思う?」

「………!」


 懇切丁寧に説明されれば、さすがの俺でもわかる。

 確かに理屈は簡単だ。見つけたポケモンをライバルに横取りされないように仕留める。その為には、周りを警戒しつつ、慎重かつ迅速にターゲットを仕留めればいい。だけど、これは言うのとやるのとでは偉い違いだ。


「野生のポケモン、他のトレーナー……警戒するのはこの二点だけど、それが連続でずっと続く……集中力にも限度があるし、下手すりゃ怪我じゃ済まない反撃も食らうかもしれない……緊張感は体力の消耗も激しいらしいし……」

「飲み込みが早いわね。つまりはそういうこと。予測と警戒と実行、そのどれも一つ一つは簡単な作業だけど、極限状態に近づくほどに、精細は欠いていくものなの。『いつも通りのことを、どんな状況でもいつも通りにする』これが案外難しいのよ」

「じゃあ……実戦の時も……?」


 勘付いたことを恐る恐る聞くと、コーチは『その通り』と笑って見せた。


「試合は基本ルールで『20分』っていう制限時間があるの。この演習の1セット分と同じね。その間、バトルをするトレーナーの緊張は張り詰めた状態が続く。自分のやるべきことを理解していても、実戦できるとは限らないの」

「これはその『いつも通り』を再現するための訓練……ってわけですか」

「もちろんそれだけじゃないわ。さっきは横取りを警戒する話ばかりだったけど


 そう言いながら、サオリさんはモニターの一画を指差す。ちょうどそこで飛び回ってるやつが獲物を狩る瞬間を、カメラが捉えていた。


“ニトロチャージ”!!!」

シャモォッ!!!


 炎を纏ったワカシャモは、樹木を蹴りながら木々の間を高速で移動。バウンドするようにフィールドを駆け巡り、その間にいたケムッソ、ジグザグマ、ポチエナを仕留める。面白いのは、影に隠れていたであろうトレーナーたちの唖然とした顔だ。どうやら漁夫の利を狙っていたみたいだけど……。


「さすがは紅燕娘(レッドスワロー)と呼ばれるだけの逸材ね。森をまるで庭みたいに走り回ってる。彼女、ホントにこの狩場は初めてなのかしら?」

「一応、子供の頃から親父さんの手伝いで、よく森には入ってたみたいですけどね……」

「それは他の子達も似たようなものよ。むしろ、土地勘はウチのジム生たちの方に分があるはずなんだけど……恐れ入ったわ」


 そう言うサオリさんの顔は、感心を通り越して呆れているようにも見える。やっぱこのレベルの人が見ても、ハルカの強さは少し異常っぽい。そんなことも知らずに、あの赤娘は森の中を縦横無尽に駆け回ってる。楽しそうだな。


「話は逸れたけど、まぁこういうことよ。横取られる前に仕留めるこれもシンプルだけど、技術と能力が揃って初めてできる荒技ね」

「要はスピードとパワーのゴリ押しですか……なんていうか、身も蓋もないような……」

「必要なのはそれだけじゃないわ。敵を見つける索敵力に、弱点を突く技選択。攻撃を有効ポイントにヒットさせる正確さそれらを連続して行うだけのスタミナと集中力は言わずもがな……」

「それを森っていう危険地帯でですか」


 サオリさんの説明はわかりやすい。これも『言うは易し、行うは難し』の例に漏れず、備えなきゃいけないステータスは、どれも高水準で種類も多い。必要要項を満遍なく満たさないと、ハルカみたいに動くことはできないわけだ。

 しかしなるほど……だんだん話が見えてきたかもしれない。


「危険な状況を言い換えるなら、バトルコートの中も同じってことですか……」

「そういうこと。察しがいいわね」

「お世辞はいいですよ。さっきまで何にも気づかなかったんですから……」


 ホントに、自分の勘の悪さには頭が痛くなる。何が実戦とは真逆だ。このトレーニングは、実戦に必要な要素ばかりを詰め込んだゲームだったんだ。


「制限時間はそのまま試合時間、常に気を張ってないといけない緊張感は、本番の試合でも同じこと。ポケモンのスペック要求値が高いのもおんなじ。索敵能力は危機察能力に繋がるし、変化しまくる森の中での立ち回りは、試合の組み立てに通じるものがある……細かいこと言い始めたら、キリがないんでしょ?」

「……正解。その通りよ」


 サオリさんは『やっとわかったか』と言わんばかりにため息をつく。説明の手間を煩わせたのは、素直に申し訳なく思うよ。

 そもそもジムでここまで大掛かりな区画を修行場に変えてしまってるんだ。その方針が間違ってると思う方がどうかしてる。伊達に高い月謝をもらってないわけだ……ちょっと考えたらわかる話だった。


「君、体力はないけど、座学は得意なインテリくん?」

「それ皮肉ですか? そりゃ、バトルもトレーニングもしてない奴らよりは、座って勉強する耐性はあるかもしれないですけど……」

「変な聞き方して悪かったわ。自分の考察を言語化するのが随分板についてるなと思ってね」

「別に……ただ単に、教えてもらったことを口にしただけですけど……」
 

 それは褒めてるのかどうか微妙なラインだ。サオリさんなりに気を遣ってくれてるのかわからないが、無理して持ち上げなくたっていいんだけど……。


「そう……じゃあそのついでに、一つだけ質問してもいい?」


 急に質問ときたなんだ、藪から棒に?


「今モニターに映ってる中で、“一番この演習に適応してる子”って……誰だと思う?」


 やけに含みのある内容の質問というか、問題かこれ? 『強い』とか『討伐数』がって話ならわかるけど、『適応』……? どういう意味だ?


「難しく考えなくてもいいのよ。君が見て、なんとなくこの子がそうだなー……って思うのを指さしてくれれば」

「そんなこと言われても……言い当てられる気がしないんですけど」

「私だって正解はわからないわ。だからこれは問題じゃなくて……あなたが魅力に感じるトレーナーってことになるかな」


 正解がない……? ますます意味がわからなくなったけど、要は俺が気に入るトレーナーってことだろうか。でもそんなこと言ったら、この中で唯一関わりがあるハルカを指さしてしまう。逆に胸ぐら掴まれたヒデキは嫌だし……これ、そんな選り好みで決めていいのか?


「………あ」


 妙な葛藤に頭を悩ましていると、不意にモニターの一画を見て声を出してしまった。サオリさんは、その動揺を見逃さなかった。


「どうかした?」

「あ、いや……そういえば、この人……ちょっと気になるっていうか……」


 俺が指す映像には、ヒデキと似た若草色の髪の女性トレーナーが映し出されていた。ショートボブにウェーブのかかった感じの髪型、白いインナーの上にはオレンジ色のジャージを羽織っているのが特徴的だった。足元には、相棒のイーブイを連れている。

 その目つきが鋭くて……なんでかそのトレーナーだけは、他と纏う空気が違ってるように見えた。


「ヒトミちゃんね、お目が高い。あの子は今、ウチのジム生の“No. 1”よ」

「ナンバーワン!? いや、言い当てたのはたまたまというか……知らなかったんですよ!」

「別に嘘ついてるなんて思ってないわ。でも、なんで彼女が気になったの?」


 慌てる俺を宥めるサオリさんは、注目した『理由』の方が気になってる様子だった。でもそれは、大した理由じゃない。


「いや、ずっと落ち着いてるっていうか……さっきからちょくちょく見てるんですけど、ミスがないんですよ。撃破数は多分、ハルカやヒデキの方が多いとは思うんですけど、横取りされないし、技も外さないしで……」


 正直、ちょっと怖いくらいミスがない。普通はどんなに慎重にやったって、状況変化の激しい森の中では、ケアできるリスクも限られる。人間の目は前にしかついてないんだ。死角を全てカバーできるもんでもないだろうし、他のトレーナーと遭遇しても動揺がない。

 サオリさんから教わったことを踏まえると、尋常じゃないように思える。あのハルカやヒデキですら、少しは取りこぼしがあるってのに……。


「ええ。彼女のあの不動の精神力は、プロにも匹敵するほど硬い。驚くのも頷けるわ」

「どうやったらあんな風に……」

「気になる……?」


 そう聞かれて、反射的にサオリさんの顔を見てしまう。ヒトミ……彼女が強い理由を、教えてもらえるのかと、つい食いついてしまった。


「それはね……もしかしたら、このジムでのトレーニングの中で見つかるかもしれない、わね」

「………つまり、自分で気付けってことですか」

「口で言うよりも効果的だからね。多分、そっちのが楽しいと思うわ」


 楽しい……サオリさんの言葉には、まだ同意しかねる。俺がそう思えるようになるまで、果たしてジムでの生活が続くかどうか……わからない。


「それにね、ユウキくん


 先行きに不安を抱える俺に、サオリさんはこう続けた。


「君になら……きっと理解できる時が来ると思うわ」


 聞いた時は、何を根拠にされているのかわからなかった。適当に言われた気がしなくもないし、気休めにしては無茶を言うとも思った。

 でも……なんでかな……。


「理解できる時……」


 それを楽しみにしている自分が、心のどこかにいるような気が……した。



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