入門



と、言うわけで……」


 朝日が昇り、トウカの街に陽の光が降り注ぐ頃。そこのジムリーダーである俺の親父・センリは、屋外演習場にジム生と関係者を集めてこう切り出す。

 学校の校庭のような場所で、縁台の上にいるのは親父とハルカ、そして俺。眼下にいる大勢の視線を受けて、眩暈がするのを感じた。

 そんな事も知らないだろう親父は、本題を告げる。


「ここにいる、ミシロタウンから来た二人ハルカちゃんとユウキを、期限付きでトウカジムの門下に加えたいと思う。二人とも、ジムでの生活は初めてだから、みんなで教えてやって欲しい。後は


 親父が形式立った説明を続けるが、俺の耳には入ってこない。こんな人前に立たされたのも生まれて初めてだし、昨晩の騒動を起こした本人がここにいるという不自然さが、空気を澱ませている気がする。はっきり言って、今すぐ帰りたい。


(なんで俺……こんなとこにいるんだろ……)


 その経緯を思い出すと、やはり昨晩の記憶がフラッシュバックする。そこで親父にジム入りを誘われて逆上し、その後ハルカに宥められて……それで


(………なーんでOKしちまったんだろな……)


 俺は半ば思考停止の状態で、空を見上げた。晴れ渡った春の空の下。後悔と不思議とが混ざった心のぼやきは、その空へと溶けていった……。





 話は……やはり昨晩に遡る。

 俺が癇癪を起こしたあの晩、ハルカと部屋で話している時だった。電気も付けず、月明かりだけが部屋の中を照らすあの時間……あいつは俺に、改めてジム入りを勧めてきた。


「なんで俺がそんなこと……」

「お父さんのことを知る、チャンスだとは思わない?」

「ジムに入って親父を見ろって? そんな面倒なことしてまで、知ろうとする馬鹿がいると思うか?」

「自分のことを馬鹿だなんて言っちゃダメだよ」

「お前なぁ……」


 皮肉が効き過ぎてる返しに言葉を失う俺。こいつ、ホントにいい性格してるよ。

 だけど……問題は俺がなんでちゃんと断らなかったのか、だ。本気で嫌がれば、ハルカだって無理強いはしないだろう。多分、きっと、めいびー……。

 はっきり言って、死ぬほど嫌だ。ただでさえトレーナーって人種とは相容れないし、長年の引きこもり生活で染みついた対人恐怖で、集団生活に支障が出るのは目に見えている。そうでなくても、俺はあいつらに喧嘩売ったんだぞ? イジメられるに決まってんだろ。

 そこまでわかってるのに……なんで……。


「私もね、入ることにしたんだ。トウカジム」

「え……お前が……!?」


 自分の言動に当惑していると、不意にハルカから衝撃的な一言が……なんでまたそんなことを?


「お前、もうプロなんだろ? 今更ジムに入門するメリットなんかあるのか?」

「あるよー。ジムはプロを養成する場所だけど、プロになった後の教育だってしてくれるところでもあるの。専門家が大勢いるんだよ? 当然、学べることはたっくさんあるよ♪」


 意外とまともな理由だった。確かに、プロになるのがゴールじゃないわけで、その先は未知の世界……誰かにガイドしてもらおうと考えるのは自然なことだ。こいつも意外と考えてる……のか?

 問題は親父が『うん』と言うかだけど……。


「ちなみにもうおじさんにはお願いしたよ。私は飛び入りだから手続きは明日になっちゃうらしいけど、多分大丈夫だろうって」

「そりゃお前だったら……断る理由もないだろうけど……」

「それはユウキくんも一緒だよ。ジムリーダー本人からのお誘いだよ?」

「でも俺は……」


 俺は……一度は完全に拒絶したんだ。それを今更『入れてください』なんて通るわけないだろ。親父だって怒ってんじゃないか? ジム生は当然嫌がるだろ。わざわざ逆鱗に触れにいくような真似……できるわけが


「僕からもお願いします!」


 バン!と、扉を開け放って入ってきたのは、俺らとそう変わらない年頃のジム生だった。

 癖のある緑髪の少年は、確か食堂でハルカと親しげに話していた


「ミツルくん! 来てたんだ!」

「ご、ごめんなさいお邪魔しちゃって! ユウキさん、お食事がまだだったと思ったのでこれをお持ちしたんですが


 そう言って、ミツルとやらは食事の乗ったお盆を俺の前に差し出した。

 米の盛られた茶碗に汁物、メインはチキン南蛮その全てにラップがかけられていて、器からはほんのりと熱を感じる。多分、レンジか何かで温め直してくれたんだろう。俺が食堂に残してきた、夕飯である。


グゥ……。

「あ、やっぱり辛かったですか!?」

「いや違う、これは

「ユウキくん、まさかお腹空いてたからイライラしてた……なんてことは……?」

「んなわけあるか! 俺はただ

ググゥ……。


 二度目の腹の虫で、俺は羞恥のあまり反論する気すら失せてしまった。自分の情けなさに泣きたくなりつつ、差し出されたお盆に、俺の体は素直だった。


「ありがと……いただきます」

「はい! 遠慮せずあ、おかわりもありますよ! 食堂でもらって来ます!」

「そこまではいいよ、これで充分というか、なんでそんな……俺なんかに構うんだよ……?」


 俺は親父の生き方を否定した。もちろん言った内容に嘘はないし、今でも内心腹を立ててる。だけどミツルからしたら、自分を教えてきた先生を侮辱されたに等しい。

 自分が好感持ってる人をあんな風に言われて、何か思うところはないのか?


「構いますよ! だってセンリ師範のご子息しかもハルカさんにも認められるような方ですよ? お話聞きたいじゃないですか!」

「なるほど……つまり、有名人にくっついてるトサキントのフンが物珍しいってことね」

「あ、立ち聞きする気はなかったんですけど、長いこと師範とは別居だったんですよね? それでジム入りして、お父上の仕事ぶりを見ようっていう

「話聞いてたんだよな!? だから俺はジム生になんか第一、お前だって嫌だろ!? ジムリーダーを馬鹿にされて、悔しくないのか!?」

「悔しい……? むしろ逆ですよ! 彼を慕うジム生があんなにいる中で、ご自分の気持ちを素直に曝け出した! なかなかできることじゃありません!」


 いや、あれは我慢の限界だったというか、直前に色々あり過ぎてブレーキが錆びついてたというか……。


「ユウキさん、僕はあなたの演説を聞いて、ぜひトレーナーになって欲しいと思いました!」

「演説!? ちょっとお前、おかしいぞ!? さっきからなんなんだ

「何もおかしくはありません!アウェーであろうとご自分の意志を貫く姿勢に、僕は感銘を受けました! そんなあなただからこそ、トウカジムのトレーニングに参加して欲しいんです! その熱意、無駄にして欲しくない!」

「熱意なんてねぇよ! 第一俺には、ジム生になれるほどの才能も経験も

「大丈夫、誰でも最初はよちよち歩きの赤ちゃんです!!!」

「ハルカ! こいつを摘み出せ!!!」

「手取り足取り、教えてもらおうねぇ♪」

「しまったコイツもそっち側だ!!!」


 全く話が通じないミツルの押しは思いの外強く、脇でゲラゲラ笑ってるハルカを尻目に、このあと一時間にも及ぶ勧誘(?)を受けて、俺は渋々折れることになるのだった……。

 結局、ハルカとミツルにいいように持ち上げられて、俺は改めて親父にジム入りの件を承諾する旨を伝えた。流石にあれだけの啖呵を切ったあとで、この心変わりは不審に思われたようだが、「ハルカとミツルにしてやられた」とだけ伝えると、何かを悟ったような顔をして、それ以上追求はしてこなかった。

 ちなみに母さんと、一応上司になるオダマキ博士にも連絡はしたが、二つ返事でOKをもらった。何やら薄気味の悪い笑顔を向けられたが、疲れたので無視。俺の周りには碌なのがいないと、改めて悟る。

 こうして俺は、ハルカと一緒にトウカジムの一員として迎え入れられることとなった。一応は仮入門という扱いで、大体二週間くらい世話になる。

 怒涛の展開に半ば思考が止まった俺には、この先待ち受ける困難など、知る由もない。いや、ホント、知らなかったよ。

 ジムトレーナーの練習メニューに、いきなりぶち込まれることになるだなんて……。


「もう一本ッ!」


 女性コーチの通りのいい声と共に、俺は周りの連中と、何度目かのコートダッシュに挑む。

 ここはトウカジムにある屋内のバトルコート。俺たちの紹介が終わると、すぐにウォームアップが始まるということで、肩慣らしにと参加を勧められたはずなんだが……。


「ゼェ……ハァ……ヒャ……!!!」


 俺は息も絶え絶え、足はフラフラの状態で走っていた。いや、もう走ってなんかいない。どっちかというとゾンビの徘徊に近い。

 今やってるコートダッシュとは、その名の通りバトルで使用するコートの上を走るというもの。長方形をしているコート、その長辺であるサイドラインから、もう一方のサイドラインまで行き、踵を返してまた戻ってくるというシンプルなトレーニングである。

 え? ポケモントレーナーがなんでいきなり走り込みしてんのかって? 俺が聞きたいわ馬鹿野郎。


「ユウキくん! ペース遅れてるよ! 緩めたらトレーニングにならないからね!」

「ゼェ……ゼェ……んな……こと……! 言ったって……!」


 女コーチが俺を名指しで呼びやがった。そうは言われてもこれが手一杯。この前にやったジャンプスクワットだの短距離ダッシュだので酷使した呼吸器系は異常をきたし、体は鉛みたいに重い。

 あれ、これってウォームアップでしたよね? なんかいきなりハードメニューに混ぜられてません? あ、ここでターンしなきゃ

 ステーンそこで俺は、鮮やかなすっ転びを見せた。


「ダッハハハハ! なんだあいつダッセェ!!!」

「はいそこ茶化さない! ユウキくん大丈夫……って、気絶してる!?」


 あー……なんか、遠くの方で声が聞こえる気がする……でもそれに応える元気などないわけで……ひとまず、俺は遠のく意識を、そっと手放すことにした。







「気が付いたのね。ごめんなさい、私がついていながら……」


 俺が目を覚ました時、俺は医務室のベッドで寝ていた。そばにはあのコーチもいる。黒髪に白のメッシュが特徴的なボブカットに、黒斑メガネをかけたその人は、黒いジャージに身を包んでいる。

 心配そうに声色に、自分がトレーニング中に気を失ったことを悟った俺は、消え入りそうな声で返事をした。
 

……ご迷惑をかけました

「いいのよ。でもまさか、ウォームアップにすら付いて来れない子がジム入りしてるとは……」


 ズン優しげな女性の一言が、重くのし掛かる。そりゃそうでしょうね。俺が逆の立場でもびっくりだわ。ホント。


「あの……俺、早速破門っすか……?」

「え? あぁいやまさか……リーダーから話は聞いてるわ。期間も二週間と決められてるし、トレーニングに付いてこれないからって追い出したりはしないから、安心してちょうだい」

「は、はぁ……ありがとう……ございます……えっと……?」

「サオリよ。名前で呼んでくれて構わないわ」


 サオリさんは、そう言って俺を励ましてくれた。だけど、さっき言った『二週間』という期間を匂わせる発言の裏には、俺への失望が見え隠れしてる気がする。俺よりも年下の子供すら、平気な顔でついて来れる練習だったんだ。異論はない。


「とにかく、あなたは昼まで休んでなさい。行けそうなら午後からの野外実習には参加してもらおうかと思ってるけど……あなた、ポケモンは?」

「あ……そういえば、ポケモンセンターに預けたまんまだ」

「だったらお昼前には取りに行ってね。お昼ご飯食べたら、ジムの総合受付前に集合いいわね?」


 サオリさんはそう言うと、医務室から出て行った。部屋の中は他に誰もいないらしく、俺はひとり、天井を眺める。

 練習について行けなかったのに、午後の野外活動とやらには参加させるのか……確か、自分のポケモンと一緒に野生を相手に戦うんだっけか。経験値を稼ぐためのトレーニングらしいけど……ついていけるんか?


「喉乾いた……」


 俺はベッドから起き上がり、床に置かれてあったスリッパに足を通す。休んでろとは言われたけど、今のところ、体に異常はない。ちょっと気だるいくらいか。

 ジム内のどこかに自販機があったと思う。そこで何か買おうと、医務室を出た時だった。


「あ

「お


 医務室の引き戸をガラリと開けると、その横の壁にもたれかかっていた人物と目が合ってしまった。

 他でもない、俺の父親……センリである。


「お、おはようユウキ……だ、大丈夫か?」

「え、あ……うん……」


 親父のぎこちない言葉に俺も変に緊張する。昨日ジム入りOKの連絡した時と朝礼で顔を合わせた時は普通に話せてたと思うけど……あからさまに態度に出ると、こっちも改めて気まずくなる。

 やっぱ、昨日のことは謝ったほうがいいか……?


「あの、親父

「大丈夫ならよかあ、すまん、何か言いかけたか?」

「……いや、なんでもない。そっちこそ何?」

「あぁいや……大したことじゃないんだ」


 お互いがほぼ同時に話してしまったが故に、俺たちはどちらも言葉を引っ込めてしまう。気まずい……っていうかなんでこんなとこにいるんだ?


「あんまり油売ってんなよ……あんた、忙しいんだろ?」

「え、あぁ……最近は少し、マシになったかな」

「だったら


 だったら、一度くらい家に顔出してもいいんじゃないかなんて口走りそうになり、すぐに口を噤んだ。どうせこんな事を言っても、こっちが望むような返事が返ってこないのは目に見えている。わざわざ聞いて、気持ちを荒立てることもない。

 俺はまた「なんでもない」と言ってはぐらかした。明らかに昨日よりも話しづらい空気が蔓延する中、しばしの静寂が続く。

 すると


「喉、乾いてないか……?」


 親父は沈黙を破って、そう言ってから俺を連れ出した。







 親父はジムの社用車に俺を乗せて、トウカの街を走る。助手席の俺は、窓の外を興味なさそうに見つめる。

 途中、ドライブスルーつきのフレンドリーショップでサイコソーダをひとつ買ってもらい、車はさらに別の場所を目指す。

 車内で空けた缶ジュースをちびちび飲みながら、親父の方を恐る恐る見る。すると、それを察したのかはわからないが、いきなり話しかけられた。


「どうだジムは……練習はきついか?」

「どうと言われても……ウォームアップひとつついていけない奴が居ていいの?」

「あぁ……気にしなくていい。体力なんて、今からでも付けられる」

「そもそも、トレーナーに体力っているの?」

「そりゃあいるさ。ポケモンのトレーニングにはトレーナーもできるだけ参加してあげるのがいい。上から指図されると、嫌がる子もいるからね」

「ポケモンと同じメニューとか、それこそついていけないんですけど」

「ハハハ。程度は人やポケモンによって様々だ。ユウキも、ポケモンたちとトレーニングすればわかるようになる」

「………あっそ」


 俺は別にこの先もトレーニングを続けるわけでも、バトルに精力的に取り組むわけでもないという言い訳は、一先ず言わないでおいた。言えばまた喧嘩になる気がしたから。


「なぁ……どこ向かってんだ?」

「ポケモンセンターさ。お前のポケモンたちやハルカちゃんのワカシャモを引き取りにね。お前が倒れなかったら、私一人でいくつもりだった」

「ちょっと待てよ、それだったらやけに遠回りしてないか? ポケセンは反対方向だろ?」

「よく覚えてたな、トウカには言うほど来てないだろうに……」

「つい昨日通ったとこだぞ? 覚えてて当然だろ?」


 何を感心してんだか。会話の札がなくなったからって、妙なとこ突くな。褒めてんのかそれ? というか、話をはぐらかされた気もするけど……。


「あのさ……昼には野外活動あんの、知ってんだろ? ポケセン行くんだったら、早くしてくんない?」

「……そうだったな。すまん」


 親父はどこか口惜しそうに呟いて、車の進路をポケモンセンターへと戻した。何がしたかったのかはさっぱりだが、時間がないのは本当だし、言及するのはやめておいた。

 しばらく進むと、昨日寄ったポケモンセンターが見えてきた。トレーナー御用達のポケモン治療所であり、世界中に普及している施設だ。

 車を停めて施設に入り、受付で簡単に手続きを踏んで、俺たちはようやくポケモンたちと再会を果たす。


「キモリ、元気してたか?」

ギ……。


 ボールから出された状態のキモリは、俺の声掛けに短く鳴く。ぶっきらぼうなのは相変わらずか……隣ではハルカのワカシャモも普通に立っている。親父が足回りをチェックしているが、その様子からして怪我も大丈夫そうだ。

 まぁこいつらはそんなに心配してなかったけど……。


マ………?


 もう一匹102番道路で出会ったポケモンは、不思議そうにこちらを見ていた。

 ジグザグマ……ハルカが助けたポケモンである。


「思ったより元気そうだな。よかったよ」

マァ……?


 こいつ、自分が危ない目に遭ってたことなんてもう忘れてるのか、ずっと間抜けな顔で見上げてくる。最初は俺らから逃げようとしてた癖に……いい度胸してるよ。

 さて……これからどうしたもんか……。


「その子、ゲットするのか?」

「俺に聞くなよ。助けたのはハルカだ」


 ジグザグマを助けようと飛び出して、実質ほとんど一人で状況を打破したのはハルカとワカシャモだ。ゲットするにしてもしないにしても、権限はあいつにある。その辺くらいは弁えてるさ。


「そのハルカちゃんからの伝言だ。ジグザグマをどうするのか、お前が決めていいそうだぞ」

「え、は、はぁ!? なんだそれ!?」

「あの子自身、手持ちには困ってないからな。もちろん助けた責任はあるから、お前が望むなら引き取るとも言っていたが……」


 親父の告げた伝言に、俺は戸惑う。

 いきなり降って湧いたようなポケモンゲットのチャンス……子供の頃、憧れた自分の相棒との出会いが目の前にあった。

 でも、あの頃の純粋さはとうに失われている。俺にはうまく育てられる自信がない。キモリ一匹の面倒を見るのに四苦八苦してるような俺なんかじゃ


グマ?


 突然のことで混乱している俺を、依然間抜けな顔で見上げてくるジグザグマ。つぶらな瞳は何を想うのか、ビー玉みたいにキラキラと輝いている。

 なんだその目は……?


「この辺りのジグザグマは温厚な個体が多いし、人慣れしてる。このまま自然に帰しても問題はないだろう」

「………そっか」

「トウカやコトキやミシロの人たち……彼らが自然と共存した街づくりを心がけてきた賜物だな。なんでそうしたのか分かるか?」

「え……?」


 いきなりの質問、当然俺にはわかるはずもない。なんだ、藪から棒に?


「これからの子供たち……彼らの友達になって欲しかったんだ。ポケモンという、かけがえのない存在と結びついて欲しかったんだよ。誰が始めたのかは、わからないけれど……」


 それが、自然を大切にしてきた理由……そう言う親父は、なんとも言えない顔で笑っていた。

 ポケモンを友人に……俺には縁のない話だと思ってた。ホウエンに、ミシロに来るまでは……。

 でもキモリを預かって、一緒に過ごして、不本意ながらバトルまでやって……ついにはポケモンジム(こんなところ)の世話になりに来るようにまでなってしまった。

 トレーナーは嫌いだ。バトルを第一にして、周りを蔑ろにする連中は全員……だけど、それとポケモンには何の因果もない。


「………まぁいいか。ちょうどいいし


 俺は短く呟いてから、博士から貰っていたモンスターボールを、腰のポーチから取り出す。

 小さく収縮したそれは、中央のボタンを押すことで手のひらサイズまで膨らみ、駆動する。これをアイツに当てれば、捕獲が開始される。何度かフィールドワークで経験してるから、間違いはない。

 ダメだな……なんか緊張するわ。


「ジグザグマ……俺と一緒に来るか?」


 俺はしゃがんで、ジグザグマに問いかける。俺と一緒じゃなきゃ、これまで通り自然の中で暮らせる。俺と来れば、寝食くらいしか保証はしてやれない。その辺をよく考えて欲しくて問いかけたけど


マッ!


 俺の言葉を聞いた途端、ジグザグマはこちらに向かって飛びついた。その額が俺の持つボールにコツンと当たり、そいつは光の束になって開放されたボールの中へと吸い込まれる。

 俺の手のひらの中で蠢くボールは、程なくして大人しくなる。

 あっさりと……ジグザグマは俺の手持ちとなった。


「おめでとう、今日から家族が増えたな」

「………いいのかな、こんな簡単に」

「簡単そうには、見えなかったけどな」

「………かもな」


 どうしてか、今は親父の軽口も聞き流せるくらいには落ち着いている。

 新しいポケモンを手に入れた自分史上では割と大事件だというのに、自然と受け入れてしまっているのが不思議だった。驚いてる筈なのに、心はどこか満たされている気がした。

 きっとジグザグマは知らない。この後、俺たちはトレーニングに出かけるだなんて……いや、流石にいきなり実戦に出したりはしないけどな?


「悪いなキモリ……勝手に仲間増やした。喧嘩すんなよ」

………。


 足元にいたもう一人の相棒に振ると、そいつは不服そうにそっぽを向いた。「言われなくてもわかってる」ってな具合で。


「はぁ……どうなることやら」


 実感のないまま進んでいく事態。目まぐるしく過ぎていく時間に、俺の頭は理解を諦めてしまったのかもしれない。

 トウカジム入門初日。その午前に起きた小さな出来事は……。


 後にかけがえのない出会いだったと、未来の俺は実感したとか……。



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