症状:動悸、多幸感

「はぁ……」

 ショコラフェスは大盛況のうちに幕を閉じて、僕たちTricksterも用意していたぶん全てのチョコを配ることができた。こんなこと、去年までの……彼女に出会うまでの僕たちからは、想像もできないこと。
 僕自身、まだまだ他のみんなに追いつけていないところも多いけど、確かに前に進めている手応えを感じていた。アイドルとしての仕事一つ一つが楽しくて、毎日がキラキラ輝いていて。
 だから、今日こそは彼女に感謝を伝えたかった。……もう一つの本当に特別な気持ちは、まだ心の中にしまっておいて。純粋にありがとうだけを伝えたかった。そんなわけで僕は彼女こと、あんずちゃんのためだけにチョコを用意していたんだけど。

(う〜ん、さすがは敏腕プロデューサー!全然捕まらないなあ……。それに、他のアイドルからもたくさんチョコをもらっているみたいだったし……)


 極めつけは氷鷹くん!あれってやっぱり本命チョコなのかなあ。氷鷹くんは無自覚そうだけど。それに衣更くんだってあんずちゃんにチョコケーキを作ったって言ってたし。いつもいつも、衣更くんはずるいんだから……。
 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、曲がり角の向こうから誰かが走ってきた。

「えっ!」
「ああっ!ごめんなさいっ!」

 その姿を見た瞬間に驚いて声を上げてしまったけど、相手は僕に気づいて顔を引きつらせた。勢いを殺しきれなかったみたいで、彼女はそのまま僕に向かって突っ込んでくる。つまり、正面衝突だ。
 どんっ、と衝撃をもろに受けて、後ろに吹っ飛ばされる。ここで受け止められたら良かったんだけど、つくづくかっこつかないよね、僕って。

「いてて……あんずちゃんだいじょう……ぶ……?」
「ご、ごめんね真くん!」

 僕を吹っ飛ばした当人であるあんずちゃんが土下座でもしちゃいそうな勢いで頭を下げたけど、そんなことよりお腹のあたりに乗っている柔らかい感触で僕の頭はいっぱいだった。

「うわわっ、あんずちゃん降りて降りて!」
「ああっ、ごめんね重いよね!」
「重くないしむしろ……じゃなくて、このままじゃマズイから!」

(僕の理性とかが!)

 あんずちゃんは慌てて飛び退いてから申し訳なさそうに「本当にごめんね!」とぺこぺこ頭を下げてきて、逆にこっちが申し訳ないくらいだ。でも、探していた相手の方から来てくれたのは好都合かも。今日の僕、ツイてる!

「いいのいいの。僕もちゃんと前に気をつけてなかったから!それより、急いでる?」
「ううん、真くんを探してたの。渡したいものがあって」

 僕を探していた、という言葉に喜んだのもつかの間。あんずちゃんがゴソゴソと荷物から取り出したかわいいラッピングの袋を見て期待が膨れ上がる。もしかして、それって、

「これ、私からみんなへのバレンタイン」

 やっぱり、と喜びが隠しきれない。

「うわあ、ありがとう!!中身は……お煎餅……?」
「うん、みんなチョコはもう飽きただろうから。ちゃんと手作りだよ」
「お煎餅って作れるんだね、すごいなあ……ありがとう!」

 あんずちゃんは得意げな顔をしている。少しズレてる気がするけど、そんなところもあんずちゃんらしい。ああ、食べるのがもったいないなあ。
 大事に仕舞おうと鞄を開けたところで、自分のチョコが目に入った。これは、今しかない。
 意を決してチョコを取り出した。

「あんずちゃん!」
「なあに?」
「こ、これ、あんずちゃんのために作ったんだ!もらってくれる……?」
 
 おずおずと差し出すと、一瞬ぽかんとしたあんずちゃんが、みるみるうちに耳まで赤くなった。それから嬉しそうにはにかんだ笑顔は今カメラを持ってないことを後悔するくらいに、かわいくて。

(え?)

「あ、ありがとう。うれしい」

 少し早口で言いながら、それでも丁寧な手つきでチョコを受け取ってくれたあんずちゃんは、それをじっと見つめて、それから堪えきれずといったふうにまたはにかんでいた。

(え? え?)

 さっきから勘違いしてしまいそうな反応ばかりするあんずちゃんが、ふいにじっと黙ってうつむく。なにか迷っているように、うろうろ視線を泳がせていた。

「あんずちゃん、どうかした?」
「うん、あのね、えっと」

 それから、あんずちゃんは再び荷物をゴソゴソと探って一つの包みを取り出した。さっきのお煎餅のものよりかわいらしいデザインの袋を、そっと差し出す。

「真くん、さっき覗き見したでしょ?」
「うっ」

 ショコラフェスの準備中に犯した失態はまだ許してもらえていなかったらしい。でも、それとこの袋になんの関係があるんだろう?
 あんずちゃんは緊張の面持ちで続ける。

「だから、罰です」
「えっと、これが?」
「そう、中身はとってもあまーいチョコレートです。ショコラフェスで飽き飽きするほど食べたチョコを、また食べなくちゃいけない、罰です」

 それから、こそっと言う。

「私の愛情もたっぷり入っているので、ものすごく甘い……よ……」

 最後の方は恥ずかしそうに目をそらしながらも、尻すぼみに言い切った。それからあんずちゃんは突然ぱっと踵を返すと、びっくりするような速さで来た道を走って行ってしまった。また誰かとぶつからなきゃいいけど……じゃなくて。

 廊下にはかわいい袋を持ったままの僕だけが取り残された。なんだか胸がいっぱいで、もしかしたら夢なのかもしれないと思って、袋を開けて中からチョコを一粒取り出して口に含んでみた。
 
 料理上手なあんずちゃんにしては珍しく分量を間違えたみたいだ。
 甘くて甘くて、胸焼けしちゃうよ。

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