大吉はいぬなので

 大吉はいぬである。
 まるっとしたフォルム、ふかふかの抱き心地、そしてそんじょそこらの犬には負けない忠誠心と包容力を持つ、いぬである。
 誰彼構わず心を許す、軟弱ないぬではない。彼が撫でることを許すのは、飼い主のママに弟分のスバル、スバルの信頼する友人たち、そして。

「大吉はふわふわだねぇ、かわいいねぇ」

 わふん、と大吉は思った。かわいい女の子にかわいいと言われるのも、満更ではないのだ。
 彼女はあんずといって、スバルの友人にしては珍しく雌である。人間の雄とは違って撫でる手付きも声も柔らかく、おまけになんだかいい匂いまでする。でも、大吉があんずのことを気に入っているのは、そのためだけではない。

「あんずはほんとに大吉がすきだなぁ」
「だって、こんなにかわいくてもふもふなんだもん……ふふふ……」
「ふぅん……」
「わん!」

 じとぉ、とスバルが大吉に羨望の視線を寄越す。まったく、しょうがない飼い主だ。
 スバルは、この雌が好きらしい。家に帰っても毎日「あんずが、あんずが」と話すので、ママだってとっくに気づいているだろう。見つければ抱きつきに行き、頬ずりをして、構われたがる。まったく、我が弟分ながら慎みが足りない……と、大吉はあくびをしながらそう考えていた。
 それでも、弟分の幸せを願うのは兄のつとめ。大吉は二人が大好きなのだから、大好きな二人に幸せになってほしいのだ。

「わ……大吉、くすぐったいよ……!」
「あぁっ、こら大吉!そんなに舐めたらあんずがべたべたになっちゃうだろ!」

 慌ててスバルが近寄ってきて、大吉を抱き上げると横にそっと下ろした。顔中大吉に舐められたあんずは、よだれまみれの顔を拭こうとタオルを探している。そこで、大吉はスバルの制服のポケットの辺りを鼻先でぐいぐい押した。大吉は賢いいぬなので、ここに入っているものをちゃんと知っているのだ。

「えっ? ああ、ハンカチ! ……あんず、俺が拭くね?」
「いいよ、汚しちゃうし……」
「だめだめ、大吉が舐めちゃったんだから! 飼い主がちゃんと責任を持ってあんずをきれいにするからね!」
「う〜ん……じゃあ、お願いしてもいい?タオルが見つからなくて」

 拭きやすいようにと思ってか、あんずはすうっと長いまつげを揺らして瞼を閉じた。スバルは暫しハンカチを手にしたままぼうっとあんずを見ていたが、やがてふるふると首を振ると、その顔を丁寧に拭き始めた。
 額、頬、鼻、あご、と輪郭を確かめるような優しさで、ひとつひとつに触れていく。そして、ハンカチの薄い生地越しにふにっとしたくちびるが指先に触れたとき、スバルは困惑したようにそのまま動きを止めた。あんずはまだ瞼を伏せたままだ。
 スバルが、あんずのあごを支えるように持つ。目を少し細めて、獣が獲物を狙うようにじっと見つめて、
1秒、
2秒、
3秒。

「スバルくん、もういいのかな……?」
「……あっ、ごめんごめん! 終わりだよ〜!」

 ぱっとスバルがあんずから手を離した。目を開けたあんずは、「ありがとう」と朗らかに笑う。スバルも、さっきまでの表情が幻だったように快活な笑顔であんずとかしましく話し始めた。
 それを横目に、大吉はふたたびあくびをしながら、わう、と思った。
 弟分の恋路は、どうやらずいぶん長くなりそうだ。そして、自分の仕事もたくさんありそうだ……と。

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