ブランチはまたあとで
アルコールの匂い。料理の油っぽい味。理性のぐらついた大人たちが、子どもっぽく騒ぐ耳障りな声。
そして、あなたの
――あんず
あなたの声。
――あんず、いっしょに帰ろう。
――――――
目を刺すようなオレンジ色の光が視界に滲んで、わたしは重たい瞼を押し上げた。どこからか子どもたちが、あれこれ騒いでは笑う甲高い声が響く。……わたしの頭に。
「痛っ……」
頭が痛い。痛くて痛くて、ガンガンと内側から誰かが割ろうとしてるみたいで、もうそれだけしか考えられない。
昨晩、『お偉いさん』にだいぶ飲まされてしまったことを思い出して憂鬱な気持ちになった。アルハラとかそういうのも最近言われるようになったけど、こういう業界では未だにお酒が仕事に直結するという考えの人も多いのだ。
うう、と呻きながら、ぬくい布団の中にもぞもぞと潜り込んだ。ぜんぜん働かない脳みその中で今日の予定を検索して、一日オフだったと確認するとほっと息を吐いた。とてもじゃないけど、仕事なんかできる状態ではない。
そしてじわじわと波のように襲い来る頭痛を耐えながら、ようやくたいへん遅ればせながら、わたしはとんでもないことに気がついた。
(だれか、いる)
そういえばやけに身体がすうすうするとは思っていたけれど、それが布団の中で、他の人の肌とぴったりくっついていた。『ワンナイトラブ』という言葉がちかりと頭の中で点滅する。
というより。もっと恐ろしいのが、先程部屋を見渡したときに『スバルくんの部屋に似てるなぁ』と思った、ということ。似てるというより、これは、まさか。
おそるおそる、布団のこんもりと膨らんで上下しているあたりをぺらりとめくってみた。陽光を浴びてそのまま染まってしまったような、明るい色の髪の毛が見えた。
終わった。
「す、スバルくん、スバルくん起きて」
「うぅ〜ん、もう少し寝かせて〜……。昨日は寝るの遅くて……今日オフだから〜……」
「ごめんなさい、それどころじゃないの。大変なの」
眠たそうにぐずるスバルくんはいつもよりさらに動物じみていて、愛らしくてずっと眺めていたいところだけど、あいにくこっちは緊急事態だ。
彼も私もどうやら服は何一つ着てないみたいで、全身余すところなく、体温の高いスバルくんの肌の感触を感じる。このままなのも不味いけれど、布団から出たら全身を彼に晒すことに。
いや、むしろ彼がおねむのうちに、そっと抜け出して服を探せばいいのでは?
そうと決まれば、わたしは彼から身体を離して、そろそろと布団から抜け出そうとして……後ろから腰をぐいっと掴まれて引き寄せられた。
「ひやぁあ!」
「もうっ、どこいくの〜? あんずも今日はオフでしょ、まだまだ俺とゴロゴロできるでしょ〜」
「あの、ほんとにだめだよこういうの、だって付き合ってもないしその、わたしプロデューサーだし……」
「あんず、う〜る〜さ〜い〜……」
ぎゅう、とおなかに手を回されて、甘えるように抱きしめられる。だめだよねアイド
ルだしプロデューサーだし、でも頭が痛くてなんだかそろそろ考えるのが億劫だ。
それに布団はぬくぬくて、肩にすり寄るスバルくんの可愛いこと。
「あんずは俺がお持ち帰りしたんだから、今日は大人しくいっしょにいて〜……」
「……はぁい」
もう、いいかな。頭痛が酷くてしょうがないから、後のことは後で考えることにしよう。どのみち、後戻りはできそうにないし。
潔く諦めたわたしは、布団の中でスバルくんに向き合うと、ぎゅうっと抱きしめて頬
ずりして、それから額にキスをひとつ。
ふふ、とくすぐったそうに彼が笑った。あぁ、好きだなぁ。
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