本日のA定食と間食の是非について

 ハンバーグも、ポテトフライも、ソテーされた野菜も。
 一つ一つを順繰りに見つめてみても、香辛料の効いた肉の香りを吸い込んでも。せっ
かく注文した栄養満点、色彩豊かな学食のランチセットに手を付ける気にはならず、スバルは首を傾げた。

「あれ、スバル食わないのか? 早くしないと俺がもらっちまうぞ〜?」
「うん、いいよ。サリ〜の好きなの食べなよ」

 眼前の3人が、揃いも揃って目をまん丸にしてスバルを注視する。ユニットメンバー全員揃ってのランチは、最近各々が忙しくしていたので久しぶりだ。

「明星くん、お腹空いてないの? それとも具合悪い?」
「う〜ん、お腹は空いてるし、具合も全然悪くないんだけど……なんか、食べる気にならない? みたいな?」
「なんだそれは、アホだから自覚できないだけで病気なんじゃないのか」
「ちょっと、喧嘩売ってる? 俺ならお腹減ったままでもホッケ〜なんて余裕でワンパンだよ〜?」
「あ〜、腹減ってるからイライラしてるんじゃないのか? 具合悪いわけじゃないなら、ちょっとは食べておけよ。午後は授業もレッスンもあるんだし」

 席から立ち上がって応戦しそうだった北斗を宥めつつ、真緒の言うことは最もだ。
 とりあえず、付け合わせの人参にフォークを突き刺して口に運んでみる。バターの匂い、噛んだときの油を含んだ旨味。三大欲求を満たす幸福感。
 ぐ、と飲み込もうとすると、スバルはそこが難関になっているのだと気づいた。喉がやけに締まっていて、食べ物を通さない。無理やり舌と喉の筋肉で飲み込んで、水で更に流し込んでようやく嚥下した。

「なんでだろ、うまく飲み込めないなぁ」

 呟くと、真が「ご飯が喉を通らないなんて、まるで恋してるみたいだね」などと揶揄うように言って、すぐに自分で自分の言葉に照れていた。
 恋。

――――――

「恋って、ご飯が食べられなくなるの?」
「え? う〜ん……人によるんじゃないかな……。恋をして幸せになると太る人もいるっていうし」

 あんずは目を書類から外さず、何かを書く手を止めないまま、それでも真剣な声色でそう返した。
 最近は随分会う機会が減っているけれど、スバルはいつだってあんずと一緒にいたいものだから、何かと理由をつけてはあんずの教室を訪れていた。席は窓際の2列目、出席番号は5番、ロッカーや机の引き出しは資料や小道具でたくさん。あんずの気配があちこちにあるから、違うクラスなのにとても親しみを覚える場所なのが不思議だ。

「ごめんね、せっかく来てくれたのにお喋りできなくて」
「ん〜ん、あんずに会えるチャンスはどんなに小さくても逃せないし! ところで、昨校門のところで誰か男と話してなかった? あれって友達?」
「ん〜ん、違うよ。コズプロの子なんだけど、一緒に現場に向かうことになってたから夢ノ咲で合流したの」

 へぇ、と生返事をしたスバルは、自分が無意識に人差し指のささくれを剥こうとしているのに気がついて堪えた。また北斗に自己管理がどうとか怒られてしまう。

「あんずは恋ってしたことある?」
「恋かぁ……かっこいい人を見てちょっといいなって思ったことはあるけど、好きってほどではないかも」
「あんず」
「なぁに?」

 聞いておきながら、スバルはなんとなくあんずと恋愛が結び付けられていなかった。あんずの目に、誰かが映る。その人をあんずは『ちょっといいな』と思う。その誰かがあんずより少しでも遠くにいればいいという、祈りに似ているようで違うもの。

「えっ、じゃあ俺は俺は?ちょっといいなって思ってくれたことある?」

あんずは少しだけ不意をつかれたように顔を上げてスバルの目を見た。
でもすぐに相好を崩し、スバルの髪に触れる。ぽふぽふと軽くあやすように頭を撫でて、

「スバルくんはいつだって素敵だよ」

 そう囁くと、また資料とにらめっこを始めてしまった。
 ぎゅうっとスバルの胸が締まって、どくどくと心臓が働きだす。褒めてもらったのも、頭を撫でてもらったのも初めてではない。あんずはなにも変わらない。だとすれば、変わったのは。

「お腹空いちゃったんだけど、なにか持ってない?」

あんずはペンを置いて、スクールバッグから取り出した個包装のクッキーをスバルの手にひとつ置いた。

「これでもいい?」
「ありがとっ、甘いものが食べたかったんだよね!」

クッキーは小さくて、きっとすぐにまたお腹が空いてしまうけれど、つまるところスバルが食べたかったのはハンバーグでも人参のソテーでもなかった。それだけの話だ。

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