不戦勝

「あんず結婚するの? 俺以外のやつと?」

 スバルくんと結婚する予定だって無いよ、とわたしは肩を竦める。
 偶然ESで会ったスバルくんと、なんとなくの流れでカフェシナモンまで来てお茶をして、なんとなくの流れで近況を話していたら、たいへん人聞きの悪いことを言われてしまった。

「結婚じゃなくて、ただの合コン。事務の子に人数合わせで誘われただけだよ」
「合コンかあ……俺たちアイドルには縁のない世界だなあ。まあこっそりやってる人もいるけど」

 からからと手持ち無沙汰にアイスティーのグラスの氷をストローでつつきながら、「でもさあ」とスバルくんはまだ食い下がる。そんなに興味を持たれるとは思わなかった。

「合コンってことはさ、相手の男もカノジョを探しに来てるんでしょ? 付き合ってくれ〜って言われたらどうするつもり?あんずだって可愛いんだから、狙われないとも限らなくない?」
「もう可愛いって歳じゃあ」
「可愛いよ、頭のてっぺんからつま先まで可愛い」
「……ま、まあ、良い人がいれば」
「ふ〜ん、そっかそっか」
「はい?」

 どうしたんだろう、ごそごそと荷物を漁ったかと思うと、急に席を立ったスバルくんはテーブルをぐるっと回って、「ほんとうはさあ」と、わたしの椅子の横に立て膝でしゃがみこんだ。

「あと何年か後にするつもりだったんだよ? あんずがいけないんだからね」

 謎の体勢で謎に詰られた。なのに、これまた謎なことに、彼は笑顔だった。どうしてそんなふうにわたしを見るのだろう。まなじりを柔らかく下げて、まるで、眩しくてたまらないのに、ひと時だって目を離したくないとでも言うように。
 後ろ手に隠していたらしい小さな紺色の箱が、彼の手のひらの上で開かれた。それは、それはそれは、キラキラの。

「結婚を前提に、俺と付き合ってください」
「はい?」
「あと合コンは今すぐ行くのやめてください」

 ね? と笑顔の圧がかかって、思わず頷いた。
 店内に響く拍手喝采、口笛に指笛、罵詈雑言(友人知人一同)。上着やらハンカチやらなんやらがあちこちでめちゃくちゃに宙を舞う。
 苦難も難題もうんざりするほど待ち受けているけれど、ダイヤモンドの指輪はわたしたちの手の中で輝くばかり。
 わたしは脱力して、そしたらなぜだか、彼と同じように笑ってしまった。

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