酔いどれに一撃

 ずっと好きだった女性が、無防備な姿を衆目に晒していた。よく知らないスタッフの男が、彼女をじっと見ているのに気づいてしまった。
 北斗が大胆な行動に出る理由は、それで十分だった。

――――――

 頭痛と、微かな光の刺激で目を覚ました北斗の体調は、最悪だった。昨夜けっこう飲まされたことは覚えている。それが仕事の打ち上げだったことも。
 見慣れた自宅の天井、寝慣れたベッド。
 ただ1つ、まったくもって身に覚えのないものが。
枕にしてはしっかりとした感触を腕の辺りに感じた北斗は、まだぼんやりとしながらも布団をめくる。
 あんずがいた。
 北斗はそっと布団を掛け直した。
 じっと、天井を見つめて考える。

(......二日酔いの症状に、幻覚も入っていただろうか)

 もう一度、ほんの少しだけ布団を持ち上げる。
 やはりあんずがいた。北斗の方を向いて丸まったまますやすやと眠っていて、マットレスに押し潰された頬が愛おしい。
 思わずつついてみると、ふわふわと柔らかかった。
 カーテンからちらちらと漏れた光に照らされて、まるで天使か女神かと見紛うばかりの神々しさ。自分の横であんずが寝ている、そしてどうも幻ではないらしい。
 北斗の脳は急に回転を始めた。

(昨夜は……たしか、店から寄り道せずタクシーで自宅に帰ったはずだ。そのときあんずも……?)

 おぼろげに覚えている限りでは、あんずが店で酔いつぶれてしまったのだった。飲みすぎると眠くなるタイプとは知っていたが、今回ばかりは大きな仕事の成功の後とあって、彼女も少し気を抜いていたらしい。
 そんな彼女を、その場の誰よりも先に保護したのが北斗だ。「この後事務所に呼ばれているから」とか何とか、かなり苦しい嘘で離脱してきた気がする。
 そこから、何がどうして自宅に連れ込んでしまったのか。酔っていて間違えたのか、あるいは願望がアルコールの力で表に出てきてしまったのか。北斗にはわからない。

(まずは冷静になれ……服は、なんとなく感触で着ている気がする。ということは、まだ一線は……いや、それはわからない。事後に着たという線も……「一線」と「線」で掛けられるな。今度何かのジョークに使えるかもしれない)

 あらぬ方向に大脱線したところで、「むにゃむにゃ」とあんずがなにか言っていた。

(かわいい)

 ではなく。

(目を強くつぶっている眩しいのが、嫌なのか?)

「すまない、まだ寝ていていいぞ」

 小声で謝りながら布団を掛け直すと、あんずがいる部分の布団のふくらみはしばしモゾモゾと動いていたが、やがて再び静かに寝息を立て始めた。この分ならもう少し時間が稼げそうだ。

(いや、寝かせていていいのか? もし既に事が済んでいるとなると、早く対処しなければ子どもが出来てしまう。たしかに念願ではあるが、そういうことはまず付き合って結婚して、という段階を踏むべきだ。……とはいえ、子ども。あんずと俺の、子どもか。……きっと可愛いんだろうな)

「ふふ……ふふふ……」

 妄想するのは恋する乙女だけではないのだ。北斗がとくべつ不気味なことになっているわけではない。
 しかし、それがまずかった。
 北斗より一回りちいさな塊が、布団の下でごそごそと動く。驚いて動きも思考も止まった北斗をよそに、這い出てきたるは寝起きの女神さま。
 困惑、混乱、羞恥の色が見える。彼女もまた二日酔いなのか、少し顔を顰めて、それでも人として守るべき習慣を忘れないのがあんずの美徳だった。

「……おはよう?」

 北斗は、今死んでもいいと本気で思った。
 『ひと呼吸おいて、考えてからものを喋るようにしような。気持ちが昂ってるときは特に』という、いつかの衣更の言葉が頭をよぎった。だからしっかり3秒考えて、そして北斗は言った。

「結婚しよう」

――――――

 それから二人が本当に結婚したのは、3年後のことであった。

[ 39/54 ]






[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]

[main top]











[top page]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -