夢の跡
パーティの後片付けは少し寂しい。
きらめくリース、鮮やかな花飾り、それらをひとつひとつ箱に仕舞って、つやつやしたごちそうが並んでいたお皿をテーブルから下げて、誰かがばら蒔いたお菓子のくずを丁寧に掃き清める。
にぎやかで楽しかったからこそ、ひっそりとした終わりは寂しい。
だから、主役は先に帰っててって言ったのに。
「あんず、部屋の飾りぜんぶ片付いたよ! 他に手伝うことある?」
「ううん、こっちもいま終わったところ」
本日の主役だったはずのスバルくんは、誕生日パーティの会場を彩っていた装飾の詰まったダンボールを抱えている。
最後のお皿を戸棚に戻したわたしは、これどこから持ってきたっけなぁと思案した。
「あ、それ地下の倉庫に戻さなきゃ」
「そう? じゃあ行ってくるね!」
「待って待って、そこまでしなくてもいいよ。わたしがやっておくから、」
「ん〜……じゃあ一緒に行かない?」
あのへんちょっと暗くて怖いんだよね、とのこと。今日は誕生日ライブもあったんだから、早く帰って疲れを癒してほしいのだけれど。
渋い顔をするわたしに、スバルくんは、
「あんずといっぱい喋りたいんだ! 最近あんまりふたりっきりでゆっくり話せなかったでしょ? だめ?」
と。悔しいけれど、その拗ねたような上目遣いにはいつだって敵いやしない。
何人か残ってくれていた子たちにも解散を告げてから、ふたりで廊下を歩き出す。他の部署の部屋もちらほら電気がついていて、この業界の残業の多さを実感してしまう。
……他の業界なんて、知らないけれど。わたしには後にも先にも、たぶんここだけだ。
「今日は楽しかったなぁ。ライブも、パーティも。ぜんぶあんずのおかげだね!」
スバルくんはにこにこと、満足気に笑っている。この笑顔のためだったら、どんな苦労も大した問題ではない。とはいえ。
「それは違うよ」
「え〜? ぜったいそうだよ〜」
ふふ、と笑みがこぼれる。
「違うの。みんなね、スバルくんが大好きなの。だから、たくさんの人がお祝いしてくれるんだよ。これからもずっと」
彼は、最初にわたしを見つけてくれた時からずっとアイドルだ。眩しくて目を逸らせなくて、どうしようもなく人を惹きつける。
わたしが何もしなくても、きっとみんな彼を祝うのだ。
「……あんずも?」
スバルくんが足を止めた。ダンボールを抱え直して、わたしの目をまっすぐに見る。
わたしはちょっとだけ驚いて、おんなじように見つめ返した。ぜんぶわかっているような目が、ときどき怖い。
「あんずも、おめでとうって言ってくれるよね? ずっと、俺に」
「う、うん」
「……そっか。変なこと聞いてごめんね、な〜んか最近いっしょに居られないことばっかりだったからさあ」
へにゃりとまなじりを下げて、スバルくんが寂しそうに笑う。
業務時間中はプロデューサーと呼ぶように言い聞かせて、Trickstarのレッスンについたりすることも少なくなった。手作りの差し入れや衣装を渡すことも。
寂しいのが耐えられない子なのだ。だから、後片付けもさせずに帰らせてあげたかった。楽しいことの終わりなんて、彼は知らないままでいい。
「なんであんずも謝るの〜? もうっ、今日は笑ってて! 俺の誕生日はまだ終わってないんだから!」
「……うん。これも誕生日プレゼントだもんね」
むくれるスバルくんを見るとつい笑ってしまうのは、かわいくてたまらないからだ。これでは誕生日プレゼントを、もらっているのか渡しているのか。
夜のESを、わたしたちは下へ下へと降りていく。
かわいいこの子が、大好きで大切なわたしの親友が、次の一年も笑顔で輝けるといい。
プロデューサーとして、アイドルとしてのわたしたちにもいつか終わりが来るだろうけれど、それまではせめて、できるだけ寄り添って歩いていきたいと思う。いつか来る終わりを、笑顔で迎えられるように。
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