トリートメント

「こ〜ら、まだ寝ちゃダメだヨあんずちゃん?」

そうは言っても、髪を触られていると人はなぜだか眠たくなる。おまけに、花のような甘い香りがふわふわと鼻腔をくすぐるのだ。
重たい瞼を擦ろうとすると、「それもダメ」と優しく腕を掴んで制された。
一緒に暮らし始めて、夏目くんの謎めいた私生活を知っていく毎日は驚きの連続……でもなく、失礼ながら案外わたしとそう変わらない人間なんだなあと再認識する日々を送っている。
朝は眠そうだし、夜はしょっちゅう夜更かしして、休みの日はゴロゴロして、突然コンビニスイーツをたくさん買ってきたり、ゴミ出しをめんどくさがったり。夏目くんの生活にわたしが馴染んでいて、わたしの生活にも夏目くんが欠かせない、そういうかたちの関係にゆっくり変化していく。それが不思議と心地よかった。
そんな中で、なんとなく暗黙のルールというか、決まりごとも増えていく。この風呂上がりの習慣も、その一つだった。

「夏目くん、疲れてるんじゃないの? こんなの自分でやるよ」
「そんなこと言っテ〜、あんずちゃんは自分のことになると適当にやっちゃうでショ? 髪の毛はデリケートなんだかラ、丁寧に扱わないとネ」

最初の頃は、安価かつ手っ取り早く洗えるリンスインシャンプーを使っていた。しかし夏目くんはそれがお気に召さなかったらしく、ある日浴室に入ったら見慣れたそれが消えていて、代わりに宝石みたいにお洒落な容器のシャンプー、コンディショナー、トリートメントが置かれていた。
それだけじゃなく、お風呂を出てパジャマに着替え終わったわたしを居間で待ち構えていた夏目くんに「そこに座っテ」と促され、タオルでわしゃわしゃと丁寧に髪の毛の水滴を拭き取られ、いろんなものを髪の毛に塗りたくられた。そしてドライヤーで手早く乾かされ、いい匂いのするさらさらふわふわの髪の毛へと仕上げられてしまったのだ。
いまや髪の毛だけなら、モデルさんにも負けないと自負している。

「今のシャンプーとか、ボクの独断で選んでみたんだけど、どウ?」
「すっごくいいよ、いい匂いするし。いまは何を塗ってるの?」
「これはヘアオイル。スクワランとか保湿成分も入ってるから乾燥から守れるし、あとヒートプロテクトの効果もあっテ」
「へえ〜」

正直全然わからなかったけれど、とてもいい匂いがする。いい匂いがするのが、わたしにとっては一番嬉しい。

「仕事中にね、この匂いがすると、なんか元気になって、ちょっとだけ頑張れるの」
「そういう魔法だからネ。髪の毛だけじゃなくて、自分の手入れをするっていうのは、自分の価値を高めていくことだかラ」
「魔法かあ、たしかに」

魔法使いの指先がわたしの髪をすいて、仕上がりを確かめている。背後から、ふんふんと嗅いでいる気配もする。

「夏目くん、もしかして髪フェチなの?」
「……どこでそんな言葉覚えたノ」

呆れたような声とは裏腹に、子猫を可愛がるように撫でる手は優しい。優しさは安心と眠気を連れてくる。

「ふあ……」
「できたヨ。もう寝ル?」
「うん……」
「じゃあベッドに行こうネ。……お姫様抱っこ、しようか?」
「自分で歩く……」

昔はこれで真っ赤になってたのにネ……と残念そうな顔をする夏目くん。いつまでも魔法にかけられっぱなしではいられないんだから、許してほしい。

「昔よりも、いまの方がずっと好きだよ」

わたしの魔法にはかかってくれるかな、魔法使いさん。

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