対話路線、失敗

 両手首を戒める手錠の冷たさが、遊木真に現状の悲惨さを物語っていた。
 ベッドに手錠で直接繋がれた手は、まったくもって使い物にならない。ただ、犯人としても真を傷つけることは本意ではないようで、ご丁寧に手錠と皮膚の間には布が挟まれていて、怪我をする可能性は低そうだ。明日以降の、アイドルとしての仕事に響くようなことにはならないだろう。……たぶん。
 他の部分はとくに自由を奪われているわけではない。強いて言うなら、部屋の中はカーテンが引かれているため差し込む明かりが少なくなっていて、あまり視界が良くない。ただ、その点に関しては特に問題ではなかった。
 なぜなら、ここはよく知っている場所だし、目の前にいる『犯人』だって、真がよく知る人物だったからだ。
 真はなんとか状況を把握し終えると、次なる行動を取る。すなわち、こんな監禁まがいな行動に及んだ犯人の説得だ。

「あんずちゃん、これどういうこと〜!? お願いだから早まらないでっ、僕が何かしたなら謝るから〜!!」

 この部屋の主であり、学生時代の同級生であり、今では真の所属するユニット『Trickstar』の専属プロデューサー。
 そして何より、真が少しの偶然と多大なる努力、あと仲間からの応援も得てやっとの思いで交際まで漕ぎ着けた、大切な人――あんずが、縛られたままで情けなく懇願する真を、張り詰めたような真剣な瞳で見つめていた。
 一方、真のほうもこうなった原因がまったく頭に思い浮かばず途方に暮れながら、とりあえず優しいあんずの情に訴えかける作戦を試みていた。

 わりと、頼りないながらも、自分では良い彼氏をやれていると思っていた。
 あんずの嫌がることをせず、常に労り目をかけ、世の中に隠れながらの交際であっても寂しがらせないように連絡を欠かさなかった。誰よりもあんずのことを大切にしていると、胸を張って言えた。先程までは。

 久々にあんずの一人暮らしの部屋で、ふたりきりで過ごせるとあって、昨夜はとても楽しみにしていたのだ。玄関で出迎えてくれたときはあんずも普通に嬉しそうに見えたし、「外は暑いから、喉乾いたでしょう」と言ってあんずが出してくれたお茶を飲みながら近況を伝え合い、真はしあわせの最中にいた。
 だが、あのお茶。「変わった味だなぁ」とか思った気がしたが、今思えばあれに何か混ぜられていたのだろう。
 強烈な眠気とともに意識が飛び、気がついたときには、真はさながら囚われの姫といった有様であった。

 あんずは捨て犬のごとく悲しげな真に少したじろいだが、妙に覚悟の据わったような眼をするとベッドまで近づいてきた。
 あんずのことだから危害を加えたりしないだろうと、真はこんな状況でもどこか呑気にそれを眺めていた。だが、眼前で彼女が可愛らしいブラウスのボタンを自らぷちぷちと外し始めたことで「うひゃあ!」と哀れな悲鳴を上げると、そちらを見ないように全力で顔を背ける。

「えっ、何? なんであんずちゃん、服、ぬ、脱いで……!?」
「……」
「無言で続けないでよ〜! 僕とお話しよ? ねっ!? 人間、話せばわかるから!」
「……いいから、見てて」
 見てて、と言われてしまい。
 真は困り果てた。彼女の身体なんて、これまで付き合ってきて未だに見たこともないのだ。世間的には遅いと言われるかもしれないけれど、誰よりも大切な女の子とあって真も慎重に慎重を重ねて、ひとつひとつ手順を踏んで交際を続けてきたのだ。
 それがまさか、こんなふうに彼女自らストリップを始めるとは。
 ……と、ここまで考えたところで真は、はて、と思い至った。案外鈍い方ではないので、ヒントさえあれば相手の心情について考察することも容易い。

「……? もしかしてだけど、あの、あんずちゃん」
「なぁに」
「僕がなかなか君に、その、手を出さないから、怒ってたり……とか……?」
「……はぁ」

 ため息に反応して思わずあんずの方を見てしまい、真は後悔した。ブラウスのボタンは一つ残らず外れて、中の柔らかそうな白い胸も、それを包む淡い水色の下着も、剥き出しのなだらかな腹部も、すべてが脳に瞬時に焼き付いてしまう。ぶるりと武者震いをして、なんとか目を逸らそうとするが、それもできない。
 彼女の成熟した身体が持つ匂い立つような魅力が、真を捉えて離さなかった。

「ようやく、わかった?」

 つかつか、とあんずが真の目の前まで歩いてくる。レンズの向こうの美しい瞳を熱で濡らしたまま見上げる真に、あんずはふふんと満足げな表情をした。
 そのまま真の頭上で手首を戒める手錠に触れると、カチャカチャと弄くってそれを外した。
 自由を得てもなお、真は動けない。次の自分の行動によって、あんずを傷つけはしないか、嫌われやしないか、慎重に吟味するのが常だから。熱暴走して働かない頭を無理矢理動かして、最適解を探ってからでないと動けない真の、手を。
 あんずが握って、自らの胸に誘導した。

「ほら、好きにしていいよ」

 その瞬間。あんずの柔らかな肌に触れて、悪戯な笑みを見て、女神のような慈愛に満ちた声を聴いて。
 遊木真は、思考のすべてを完全に放棄した。

「すきだよ、あんずちゃん」

 ショートした頭の中に最後に残った、断末魔のようなその言葉だけを急いで伝えると。
 真はあんずのもっと奥を暴くために、まずはその唇に狙いを定めた。

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