朝、真白友也は先輩に翻弄される

 真白友也は朝に弱い。
 そもそも朝に強い人間は少数派かもしれないが、そんなことはどうでもよかった。朝は眠い、怠い、足が重い。昨晩部長のおすすめだという映画のDVDを観ていたらうっかり夜更かししてしまった、そんな今日は尚の事。

(あ〜……眠い)

 ふあ、とあくびが出てきたので咄嗟に手で抑えたが、噛み殺しきれなかった空気がはふっと口の端を零れ出ていく。
 と、校門を入ったところで視界の端に見知った少女の姿が写った気がして、慌てて目をかっと見開いた。よくよく見ると、やはりそれは先輩でありプロデューサーでもあるあんずだった。彼女は大量の荷物を抱え、酔ったような危なっかしい足取りでふらふらと歩いている。

(だ、大丈夫かな? これは今こそ男を見せる時……!)

 お年頃の少年らしい下心を滲ませながら早足で駆け寄っていき、横からひょいっと顔を覗き込む。しかし、そこで友也は気がついた。

(ね、寝てる……?!)

 そう。あんずは、歩きながらも瞼を閉じて、器用にうつらうつらと船を漕いでいた。普段きびきびと働き回る様からは想像もつかないような微笑ましくも無防備な姿に、以前保健室で彼女の抱き枕を務めたときのことが思い出される。布団の中で感じたその柔らかさと体温を思い出し邪な気持ちになりかけたが、根が真面目な友也はブンブンと頭を振っておかしな想像を追い出した。

(あ〜、何考えてんだ俺!)

「あ、あんずさ〜ん! 寝ながら歩いたら危ないですよ、起きてくださ〜い!」

 可哀想だと思いつつも、安全を優先するためにあんずの肩を軽く叩くと、あんずは薄目で友也を捉えた。そして見えづらかったのかごしごしと目を擦るその姿はだいぶ幼く見え、友也は小さい頃の妹みたいだとぼんやり思った。つまり、すごくかわいい。ぐっとくる。

「ん〜……ともやくん? だよね?」
「はい、友也です。おはようございます、先輩」
「ん……おはよう……」

 やっぱりかわいい。そして今にも再び眠ってしまいそうだ、と思っていた矢先にぐらっとあんずの体が傾いていく。

「うわっ! っとと……」
「あ、ありがと……」

 咄嗟に友也が支えたお陰で、あんずの体は地面とよろしくせずに済んだ。しかし、実は体勢が友也にとって少しまずいことになっている。

(手が! 手が! 腰に!! この手はどこに持ってけば?!)

 支えたはいいが、ここからスマートに元の体勢まで戻ることがどうにもできないと気がついて狼狽える。お年頃の少年にはハイレベルな展開に冷や汗が流れ、その上、支えているあんずの体がだんだん重くーーーというか、バランスを失って重心が傾いてきたような。 

「すぅ、すぅ」
「えっ、もしかして寝てますか? お〜い、あんずさ〜ん!」
「ん〜、大丈夫、大丈夫……」

 ふらっ、とあんずは勢いをつけて、体を友也から離して垂直に自立した。しかしその3秒程のち、再び体が友也の方に傾いていく。そして今度は友也の肩口の辺りに、頭を預ける形で止まった。
 一瞬、両者が黙り込んだ。静寂にぴいちくぱあちくと平和な雀の鳴き声が響く。あんずは、気まずそうに口を開いた。

「ごめん、友也くん……お願いなんだけど、このまま昇降口まで行ってくれない……?」
「ええ……」
「これ、楽」
「えええ……」

 少年の肩に頭をもたれかけたまま歩く少女。かなりまずい図だし、バカップルみたいで恥ずかしくもある。まだ朝早いので少ないにしろ人の目だってある。だが、いつも世話になっている恩だってあるのだし、疲れている様子のあんずを労ることができるのならば多少の恥は捨てるべきなのかもしれない。
 そう思い直して奇妙な体勢を維持したまま、友也はあんずを昇降口まで誘導する。ついでにその手にした大量の荷物を奪い取り、ちゃっかり手も握りつつ。

(全然警戒されてないのは気に食わないけど……まぁ、これも、役得ってやつだよな?)

 一つ上の憧れの先輩の、自分より柔らかくて小さい手の感触。肩に寄りかかる重みと温もり。『いいにおい』としか形容できない、素敵な香り。横目で盗み見た眠たそうな横顔の、まつ毛が小さく揺れる様子。
 少年の頭からは朝の眠気なんて、とっくに吹き飛ばされていた。

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