いつかそこに還る夢を見る

 いつもみたいに抱きついたスバルを受け止めるあんずを見ていたら、不意に目が合った。
 あんずの手は依然としてスバルの髪を梳き続けているが、そのいまいち感情の読みとりづらい視線が俺から逸らされることはない。スバルはすりっとさり気なくあんずの胸に頭を擦り付けてから、ようやく俺の存在に気がついたようにあっと声を上げた。

「サリ〜、珍しいじゃん! いつもはホッケ〜と一緒になって、あんずに抱きつくなーって怒るのに」
「あ、ああ……」
「ああっ、わかった!」

 言うが早いか、スバルは突然ぱっとあんずから離れる。そして彼女の背後に回ると、両手を掴んで持ち上げ、ばんざいの格好をさせた。この間あんずは操り人形みたいにされるがままだ。

「はい、どうぞ!!」

……いや、いやいやいや。

「どうぞって何がだよ?!」
「ええっ、違った? サリ〜もあんずに撫でてほしいのかと思ったんだけど。あんずもそう思わない?」

 急に振られたあんずは、無表情でこてんと首を傾げる。

「真緒くん」
「な、なんだよ?」
「……どうぞ?」

 あんずは両手を広げたままの状態で、聖母のように微笑んだ。俺は静かに頭を抱える。
 なんと言うか、男子校に女子一人というこの状況で、こいつの防衛本能がまるで働いていないのはどうなっているのか。
 大体普段から抱きつかれたり膝枕させられたりして、どいつもこいつも距離が近すぎるのだ。彼氏でもないんだから、同級生の女の子にここまで甘えるのはおかしいに決まっている。
 だから俺は、断じてこの甘い誘いにぐらついてなんかいない。断じて、だ。

「や、やるわけないだろ! お前じゃあるまいし」
「ええー、もったいないな〜? あんずはふかふかだぞ〜?」
「(ふかふか……!)そういうことを言うなっての! セクハラだぞ!」
「サリ〜は真面目だなあ? あっ、ガミさんにさっき借りた教科書返しに行かなきゃ!」

 スバルはじゃあね〜、とひらひら手を振りながら、つむじ風みたいに去っていった。……つむじ風というより暴風か。
 取り残されたあんずは、律儀にばんざいの格好のままで固まっていた。その目が再び俺をじっと見据える。

「……ええと、とりあえず手ぇ降ろせば? もうスバルはいないし」
「うぅん」

 なぜかふるふると首を横に振って、そのままの姿勢をキープするあんず。不審に思うも、あんずがまだなにか言いそうなので待ってみる。あんずの会話の独特なテンポにはすっかり慣れっこになってしまった。

「ええとね、真緒くんが」
「おう」
「さっきね、目が、羨ましそうな感じで」
「お……う?」
「だから……いいよ、来て」
「……」

 俺は考えるのを諦めた。
 そうだよ笑えよ、同級生の女の子に甘える同級生の男が羨ましかったよ。俺だってあんずに撫でられたいとか考えたよ! しっかり本人にバレてるし誤魔化す必要もないな!
 そもそも本人がここまで言ってくれてるんだから、もうこれは断る方が失礼なんじゃないか? そうだ、そうに違いない!
―――つまるところ、俺は疲れていたんだろう。

「あんず、やっぱいいか?」

 返事も聞かないまま彼女に近づいた。そのまま、迎え入れるように広げられた腕の中へ身を寄せる。妹ともまた違った、甘やかで不思議な匂いと温い体温に包まれてほうっと息を吐く。
 これは確かに、ふかふかだ。
 彼女の両腕がぐっと俺の頭を包み込んで、その手はさっきスバルにやってたみたいに髪をゆっくりと梳いている。あんずがぽつりと呟いた。

「真緒くん、おつかれさまです」

 その声があんまりにも優しいもんだから。
 その時俺は、もう思い出せないくらい昔にこんな風にされたこともあったのかなあ、なんて考えていた。
 ああ、癖になりそうだ

「あっ、サリ〜やっぱりあんずに撫でてもらってるー!!ホッケ〜見て見てサリ〜がー!」
「う、うるさい! 北斗呼ぶなスバル!!」

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