水も滴る女神様

 彼女のしなやかなつま先が水面を打つ度にぱしゃんと弾ける水飛沫が、秋口の鋭利な陽光を乱反射する。その一瞬の宝石のような輝きに目を奪われながら、月永レオはこの光景を飾るに値する言葉が見つからずただペンを構えた。そして本能の赴くままに……吠える。

「……霊感がっ!!止まんねえっ!!!」
「えっ!、あっ、うわあっ!!」

 ばっしゃーん。
 無粋な闖入者への驚きに目を見開いた彼女ーーーあんずは、すぐに立ち上がろうとして足を滑らせ、そして漫画のように派手な音と水飛沫をあげて噴水に倒れ込んでいった。
 どこかで誰かが楽しそうに、「Amazing!」と呟いた。

――――――

「わはははは!ごめんなー?まさかあんずがあんなに驚くとは!でも面白かったぞ!」
「……先輩が楽しそうで何よりです」

 言葉とは裏腹に、ぽたぽたと水滴が落ちる前髪の間から覗くあんずの瞳は恨めしげに細められた。
 あんずが落っこちた学院の噴水はカナヅチの三奇人がよく浸っているものなので、溺れるような深さではない。それでも派手に前のめりになって倒れ込んだので、当然あんずは上から下まで水浸しだった。初秋の暑さに辟易してパーカーやブレザーまで脱ぎ、更なる涼を求めた結果の噴水だったのだが、全身が濡れているとさすがに寒気を感じる。
 噴水から立ち上がると水を吸った制服が体を重くしているのを感じて、あんずの気分も一気に重たくなった。そのまま水をかき分けて、噴水から上がろうと縁に足をかける。

「ほら」

 目の前にしなやかな手が差し出されたのを見て瞠目する。それはレオの手で、あんずは慣れない『女の子扱い』に少し動揺するも、無愛想に「どうも」とだけ言うとその手をとって噴水からようやく脱出する。
 こういうふうに、レオはたまに思い出したように騎士としての顔を見せてくる。そのたびに動揺してしまう自分が、あんずにはちょっぴり後ろめたかった。
 そんな気持ちを隠しながら、噴水の外に置いておいた手荷物の中のタオルを取りだした。一通り全身を拭いて、それから噴水の縁に腰掛け、靴を履くため足を拭こうとする。そこでレオが待ったをかけた。

「待ってあんず!俺にやらせて!」
「えっ、足拭くぐらい自分で出来ますよ?」
「いいからいいから!」

 そう言って強引にタオルを奪われてしまえば、あんずに抵抗の術はない。レオは、楽しそうににこにこしながら跪いてうやうやしくあんずの足を手にとると、普段からは考えられないような優しさで白い足についた水滴を拭い始めた。あんずは困惑しつつもレオに身を任せる。

「あんずの足は白くて柔らかくて、なんか美味そうだな!」
「ええと……褒めてます?それとも貶してます?」
「決まってるだろ、すごい褒めてる!」

 レオは、あんずのやわらかな足の感触を肌で感じながら先程の光景を思い出していた。
 水を散らしながらすいっと上がる白い脚線、そのはっとするような艶かしさ。思わず頭がくらくらして、ここではないどこかから音が奔流のように押し寄せてくるあの感覚。
 気がつけば、レオはあんずの足をじっと物欲しそうに見つめていた。

「あれ……月永先輩?どうかし」

 ましたか、と続く言葉は喉の奥で静止して雲散霧消した。事態を把握したあんずの脳が、体に反射的な震えを起こす。
 あんずの足を両手で支えて、レオがつま先に口付けている。その唇は、冷えたあんずの足にはあまりにも熱かった。
 驚きで見動きすら取れなくなった彼女を顧みず、その唇が徐々に上へ這い上がっていく。ゆっくりと、焦らすような動きがあんずに燻る熱を与えた。
 そして、それが太もものあたりに差し掛かった時。

「んんっ……!」

 慌てて口を両手で塞ぐ。レオが脚に強めに吸いついたのだ。その瞬間、あんずはなにかが体の奥で小さく弾けたような感覚を覚えた。
 自分から聞いたこともないような声が出てきて、容量を超えた脳が沸騰するような気持ちになってついには涙まで出てきたその時、ぱっとレオが突然飛び退いた。

「ご、ごめん!」

 呆然とするあんずに珍しく顔を赤くしながら叫ぶやいなや、素早く踵を返すとレオは全速力で駆け出す。
 しかし、4、5メートルほどで急停止してすぐに引き返した。それからごそごそとブレザーといつも着ているパーカーを脱ぎ、パーカーの方をあんずの手に強引に押し付ける。

「これ着てろ!間違ってもそのまま行って、おれ以外にそれ見せちゃだめだからな!」

 言うが早いか、今度こそ脱兎のごとく走り去って行く。台風のようだと思いながらあんずはその姿を見送った。

(『おれ以外に』なんて)

 恋してしまいそうだなあ、とぼんやり考えた。

 ちなみに。
 この後我に返ったあんずは、自分の白いシャツから全力で透けるピンクのブラジャーに一人悶え苦しむことになったのだが、それを知るものはいない。
 ただし見慣れないパーカー姿の彼女があちこちで目撃されたという。それも大層、幸せそうな顔で。

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