*甘くない、暗い。マツバさん不審者。


○○ちゃんってオレンジ色っぽいよねー
あーわかるー!!
そんで□□ちゃんは水色
なら△△ちゃんは藤色だねー


年頃の女の子なら誰でもこんな会話をしたことがあると思う。私だって例外じゃない。
ただ、私は色をつけて貰えなかった。

伊千ちゃんはなんだろうね?
伊千ちゃん?えーなんだろ…
赤と黄緑色の間…?
いやもうちょい水色じゃない?
えー?うーん…
伊千ちゃん、無色ではないんだけどねえ…
ピンポイントな色がわかんないや


何をやっても中の上か上の下。
人より少し空気が読めるせいで常に場の空気のフォロー役に徹していたら気が回るね優しいねと言われ、気付いたときには八方美人になっていた。

そんな私が、上の上になれるものが、ひとつだけ見つかった。


「Winner、挑戦者伊千!!!!!」

 ウ オ ォ ォ ォ オ オ !!


会場中を舞う紙吹雪に私を捉えて離さないスポットライト。

本日、現在を持ちまして私伊千は15個のバッジを煌めかせセキエイリーグに殿堂入りを果たしました。
おめでとうありがとう。
あたし三年間もお疲れ様。
さてこれからどうしようか。
殿堂入りの登録を済まし外に出た頃には、すっかり日は落ちていた。

(家、うるさいだろうなあ…今晩はリーグのポケセンに泊まろ…)

変な高揚感を感じるけれど精神肉体の疲労の方が勝っていて、眠気がはんぱなかった。ポケモンたちにごはんをあげたらシャワーを浴びてとっとと寝よう。



掛け布団もろくに被らずにベッドに倒れ込んで寝て、起きたらまだ明け方だった。今日の朝日はやけに攻撃的だ。目に染みる。もっと包み込むような光は出せないのか、と開けっ放しだったカーテンを閉める。
「ああごめん起こした?まだ寝てていいよ」ぼやぁとあたしを見ていたパルシェンの殻を撫でながら閉じる。
特にやることもないし食堂もまだ開いてないから少し散歩でもするか。

階段を下りて静かなロビーを抜け、自動ドアまであと数歩というところで金属のドアの開く音がした。ジョーイさんだと思って振り向いた自分爆発しろ。

「おや」

スタッフオンリーのドアから出てきたのは、私の唯一の未所持バッジの持ち主エンジュジムのジムリーダーだった。

「伊千ちゃん、昨日は殿堂入りおめでとう」
「…ありがとうございます」

いきなりなんて馴れ馴れしいんだろう。私はこの男に名乗った覚えはない。胡散臭い笑みを浮かべて近付いてくるジムリーダーに思わず半歩後ずさるもすぐ後ろの自動ドアが開いてしまって、動揺を悟られるのが嫌で(もう遅いかもしれないけど)無理にジムリーダーの方へと足を一歩戻した。

「バッジ15個揃えたんだって?最後の一個は要らないの?」
「…リーグには挑戦できますから」
「トレーナーとして揃えたいとは思わない?」
「あんまり」
「ボク避けられてる?」
「…そういう訳では」
「ゴーストタイプ苦手?」
「…はい」
「ところで君のサマヨール、良く育てられてるね?」
「ありがとうござい…ま……」

しまった墓穴掘った。逃げ出したい。
楽しそうに細められた目も不気味なほどに綺麗な弧を描く口も、私の防衛本能をざわつかせる。
私はこの男が苦手だ。旅に出る前、初めてテレビの中で記者団からの質問に答えていく苦笑いのこの男を見たとき、私の防衛本能はけたたましい音で警鐘を鳴らし、この男に近付くなと告げた。今までどちらかといえば自己犠牲に生きてきたが、それでも自己愛はある。私は傷付く事を回避するために仕方無くファントムバッジを諦めた。ジョウトとカントーが陸続きでセキエイリーグを共有していて良かった、と安堵したのに、それが仇となっている現状に泣きたくなる。

「マツバさんは、ご用事がおありでこちらにいらしてるんですよね、邪魔してしまってすみません」

自分でも崩壊してるとわかる日本語を吐いて、もうこの男に去ってもらって部屋に戻ろうと試みるも、やはりあっさりとかわされてしまう。

「そんなことないよ。…ふふ、君は面白いね、綺麗なぐらい空っぽだ。何にもない」
「あの、それはどういう」
「ふふ、君、僕が怖いでしょう?正確に言えばこのチカラ、千里眼に本能が恐怖してる。ずいぶん野性的だね。ああだからバトルが強いのかな」
「っ何なんですか」

段々とヒートアップするこの男に苦手意識ではなく恐怖を感じた。これ以上聞けば私は確実に傷付く、逃げなくては、逃げる術は?
こんな状態になっても体裁が大事な私は、例えこの男相手でも話の途中で逃げ出すなど出来ないのだ。これも自己犠牲だ。誰の為の?

「ごめんね、本当は伊千ちゃんが僕の事避けてるのは知ってたんだ。でも避けられたらなんで避けられたかは気になるから、少し視させてもらっちゃった。そしたら伊千ちゃんの中って何もないんだものびっくりした。何もないのにそうやって無理して僕の話を聞こうとしてる。ごめんね、楽しくなっちゃう」

自己犠牲の上に居座っているのは偽りの自分じゃないか。私が今まで犠牲にしてきたと思ったものは本心で、犠牲の上に成り立ったのは善い人な自分。なんだ、今までの行動は結局自己犠牲などではなく自分の為だったのか。

「八方美人には腹の内があるものだけど、何にもない。なんでみんなに優しくするの?周りの目を気にしているようだけど、見せたい自分も居ないでしょう?守りたい自分も無いのに良い顔して、どうなりたいの?」

自分で自分が分からない。私は 優しくないし在りたい自分も守りたい自分もない。自己犠牲の上の自分の形が無い。なんでポケモンバトルをしているんだろう。それは高みを目指しているわけではない、ただポケモントレーナーとしてのルートを辿っただけだし、ポケモントレーナーになったのも町の決まりだったからだ。倣っただけで自分の意志は無かった。

「ああそっか、何もないんだから答えられやしないか、酷なことをしたね。」

ふふ、と相も変わらず笑顔を浮かべるこの男に今はもう苦手意識も恐怖も感じない。


「君ってほんと、空っぽ」


空っぽ、その言葉に私は実体を失い気体になった気がした。



感情欠陥

俯けば視界にはきちんと私の身体が映っていた。



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長々とすみません、自分としてはかなり時間をかけたお話なのですがいかがでしたでしょうか。
なんだかよくわからない話になってしまいましたがこれ元は私がマツバさんの千里眼で全てを暴かれたら怖いと思ったことです。自分の汚いところは隠しておきたいですよね。
主人公はれっきとした人間です、霊的な何かではありません。気体にもなりません。笑

20120116


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