私とN様との出会いは、研究室だった。
当時まだ下っ端だった私はここ二週間ほどしていた研究の報告書の作成を命じられ一人夜遅くまで研究室に残って結果をまとめていた。普通にやっても3日はかかりそうな作業を明日の昼までと言われたのだから仕方ない。
黙々とペンを走らせて居るときに扉がギィと開いた。こんな時間に誰だ、と思いどなたですか?と意識は報告書のまま聞けば、入っていい?と仲間では有り得ない声音が帰ってきた。びっくりして扉を見れば、まだ10歳にも満たないだろう少年が立っていた。それがN様だった。
「ど、うしたのこんな時間に。お母さんかお父さんは?」
「知らない」
「わ、きみ半袖半ズボンのうえ裸足!?予備のスリッパ…大人用だけど、はい。危ないから履いとこうね?」
「う、うん」
「カーディガン…うわ、ごめんピンクしかないけどこれ着て」
慌てて駆け寄り色々着せたりしたのだけれど、今思えばN様に対してかなり無礼なことをしてしまった。命知らずにも程があるが、このとき私はN様の存在を知らなかったのだ。
無知とは怖いものである。
私の席には膝掛けがあったので席をN様に譲り私は隣りから椅子を拝借する。N様は私の机上の資料の山に興味を持ったようで勝手に手に取り読み始めた。しかし、自分で言うのもなんだが資料にはなかなか難解な式が並んでいるため10歳にも満たない子供が理解できるようなものではない。
「そんなの読んでおもしろい?わかる?」
「ちょっと難しい、けど、おもしろい」
「そ、そう。頭いいんだね」
「これはどういうふうになってるの?」
「えっと…」
私がザカザカ裏紙に式を書けばN様は目を輝かせてもっと色々知りたいと言ったので私は自分のロッカーに仕舞われた過去に使った参考書やら教本やらをN様に譲ることにした。どうせもう使う予定はないし、ここの資料室にも同じ物がある。
「ありがとう」
「いいよいいよ。スリッパとカーディガンもあげるからもう廊下を裸足でうろうろしちゃだめだよ」
「うん、わかったよ」
しゃがんで目線を合わせて注意すればこくんと頷いたのでついよしよしと撫でてしまった。
N様はまた来るねとどこかへ帰って行った。
これが私とN様の最初の対面である。
それからN様はたまに私の属する研究室へ遊びに来るようになった。N様は主に深夜に私が一人で研究室に居るときに訪ねてきては嬉々として難しい式の話をしては帰っていく。
最初の日から2ヶ月程してN様のことを上司にポツリと漏らしたときにN様の正体を知った時には数々の無礼にクビを覚悟したものである。懐かしい思い出だ。
そう、今懐かしい思い出と言えるのは私がまだプラズマ団に所属出来ていてその上あの頃より2つほど昇格できたからである。
更に来月にはもう一つ昇格が決まり、私が16歳で入団して以来五年間ずっと望んでいた研究グループに所属出来るようになるのだ。
その知らせを聞いた三日前から毎日が薔薇色である。
もうやらなくていい雑用も自らやりいつもインスタントのコーヒーも豆から挽いたりしちゃって今夜も来たN様のためにちょっとお高いココアも淹れちゃったり。
「伊千、どうしたの?」
「んんー昇格決まったんです」
「すごい、おめでとう」
「ずっとやりたかった研究グループにやっと入れることになったんです」
「よかったね。なにやるの?」
「未来のプラズマ団のための研究開発、ですね」
「そう。頑張ってね」
「はい」
初めて合ったとき8歳だったN様も今は10歳になり、二年間のうちにだいぶ私を好いてくれるようになった。頭撫でて、ぎゅっとして、膝座っていい?こんな感じだ。N様にはお母様が居ないと噂に聞いて、寂しい思いをしているのかもしれないと私は拒むことなく受け入れてたら最近訪ねてくるたびにべったりになってしまった。私自身両親は居るけれど両親は私に無関心だったため実を言うとこうしてN様に甘えられられるのは嬉しい。
「N様」
「なに?」
「ありがとうございます」
N様に不思議な顔をされてしまったが、それでも構わないのだ。
厄介なカンジョウの始まり
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主は理系ならだいたい出来ます。
好きなのは化学と物理。
Nには化学を教えています。
気力よ続け
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