入学式は呆気なく終わった。


あの、雄英と言えど、みんながみんなヒーローになるわけはなくて、あたしたちの通う普通科にはヒーローを目指している子よりも、一般の企業で働きたいとか、公務員になりたいとかそんな夢を持っている人間の方が多かった。

在校生に入学を祝われながら、割り当てられた教室へと戻る。




「はー、疲れた」
教室に戻り席につくと、あたしの前の席の女の子が、こちらに振り返った。
「ヒーロー科の人、いなかったね」
そうだねと頷く。式にいずくんもかっちゃんの姿も見えなかった。
「なんか、外で体力テストみたいなことしてたよ」
横にいた男の子が、会話に入ってくる。
「えー、初日からたいへ〜ん。ヒーローになる人ってやっぱ違うね」
女の子が、気の抜けた声でそう言った。あたしは、何も言葉が出なかった。妙な焦燥感。ここにいたら、置いていかれそうだ。そんな風に思った。
ちなみに前の席の女の子は秋原 もみじ、男の子は引野 想という名前らしい。

「……」
少し離れた席から、目付きのあまりよくない男子が、じっとこちらを見ている。
「……?」
気になって視線を向けると、数秒してから逸らされた。





簡単なガイダンスがあって、初日は解散となった。新しくできた友達と町に出掛けていく子もいれば、まっすぐに家に帰る子もいる。あたしも教室を後にしようと鞄に荷物を詰めていると、唐突に声をかけられた。

「ねえ」
「!?……なんですか??」
それは、ガイダンス前にあたしたちの方を見ていたちょっと目付きの悪い人。思わず、一歩引いてしまう。

「……そんな、警戒しなくてもいい」
その行動に、彼は寂しそうな表情をする。ああ、もしかして傷つけてしまっただろうか。引いていた足をもとの位置にさりげなく戻す。
「ご、めんなさい。あの、何か用事?」
「いや、朝にヒーローについて話してただろ?それが、気になったというか……」
「?」
「星宮さん……だよね、あってる?もしかして親戚にヒーローが……」
「ああ、お父さんがヒーローだよ」
あんまり大きな声では言う気がなくて、小さくそう答えると彼は、さらに口を開く。けれどその口から言葉が漏れることはなく、再度閉じられた。
言いたいことが読み取れなくて、首を傾げると彼は少しどもったあと、耳を軽く赤に染めて、目を逸らして口を開いた。
「……笑うなよ……。オレ、ヒーロー目指してるんだ」
「?、なんでそれで笑うの?」
本当にわからなくて、曲がった首が戻らない。疑問符だらけだ。
すると、彼は笑った。笑うと目が弧を描いた。ああ、そっちの顔の方がいいよ、と思ったけど口には出せなかった。
「ふふ、そうか。気にしすぎか。……オレは心操人使、ヒーロー志望だ。よろしく」

「あ、えっと、あたしは星宮りん。あたしもヒーロー目指してるんだ」
「そうだと思ったから、声かけた」
落ち着いた声が、すっと耳に入ってくる。
「え、なんでそう思ったの?」
「朝、話してたとき、何かに焦ってるように見えたから。オレも同じだったし」
「同じ……?」
「置いていかれそうで、焦ってる」
何て返していいかわからなくて黙ると
「図星」
そう言って、心操君はニイッと口の端を上げた。
「図星だけとさぁ」
口を尖らせれば、彼はまるで内緒話でもするかのように、声を小さくした。
「知ってる?雄英の体育祭の話」
まるで何かの秘密を話すみたいに。
「へ?」
「いい成績が出せれば、ヒーロー科に編入できるらしいよ」
聞いた内容は、知らなくて素直に驚く。
「そうなの?」
「ヒーロー科に入れたら、ヒーローになるのもそんなに苦労しないだろうね」
「心操君は、ヒーロー科に入りたいんだ?」
「そうだな、入りたい」
「じゃあ、お互い頑張らないとね」
そう笑うと、彼も口角を上げた。




次の日から、心操君と話す時間が増えた。
彼は、自分の憧れるヒーロー像についてポツポツと語ってくれる。そうしていくうちに、何人かヒーローに憧れる友達が集まってきた。

「ねぇ、りんの個性ってなんなの?」
新しくできた友達の一人、鈴谷めろ。彼女は、体を揺すると音を出せるらしい。大音量にすると周りの空気が盛大に震えて大変なんだとか。
「うーん……何て言ったらいいんだろ。運を操る個性ってのが正しいかな」
「運を操る?」
「そう、周りにいる人の運勢を操れるの」
「ラッキーにも、不幸にもできるってこと?」
「そうそう」
「すごーい!こっそり私をラッキーガールにしてよ」
「あはは、気が向いたらね」

そう笑って、誤魔化す。個性はそう簡単に使っていいものじゃないし、個性を使って幸運になるというのはなんだかなという思いがあった。幸い、めろも笑って流してくれた。

「そういえば、心操くんの個性は?」
「あー……」
「あら?秘密?」
「ヒーロー科編入志望のライバルにそう簡単に教えられないな」
ヘラリと笑う彼に数人がずるいーと笑いながら声をかける。それ以外の理由もありそうな気がしたけど深入りは心操くんが望んでなさそうなのでやめておいた。


あたしたちが、そんな穏やかな4月を過ごしている間もヒーロー科は敵に襲われ、いずくんやかっちゃんも敵と対峙したのだけど、それを知るのはもう少しあとのことだ。