帰宅してすぐ、あたしは自分の部屋へと駆けこんだ。母の心配そうな声がリビングから聞こえたけれど返事はしなかった。それどころではなかったから。 荷物を投げ捨てて、靴下を脱いで、布団に潜り込む。 わからない。 考えている。思考している。 今までの自分のイメージが崩れていったから、あたしはあたしを作り直さないといけない。 布団の中で、目を開けている。 当たり前だけどなにも見えない。完全に潜っているからだ。 考え事をしたり、一人になりたいときはこれが落ち着く。経験則で知っている。 あたしは『幸運』という、人から見たら判断しにくいものの、人生を楽しく生きていくためには便利な個性を宿していたはずだった。 その個性で人を傷つける心配なんてしたことなかった。だって、他人に干渉する個性ではないはずだったから。ヒーローに憧れつつも、それが無理だと諦めていたあたしは、人生を如何に楽しく過ごすかに重きをおいているといっても過言ではなかった。 だけど、その考えが根本から覆されるような出来事が起こった。 あの事件以降、メモリのついたダイアル(0から10刻みに100まで書かれている)が、ハッキリと見えるようになったのだ。自分の個性の影響であることは一目瞭然だった。 そして、恐らくだけれど。 あれは人の、所謂運を操るものなのだと思う。 かっちゃんのメモリが0になったから、ヘドロの敵に襲われた。 あたしといずくんのメモリが100になったとき、オールマイトが助けに来てくれた。 偶然にしてはできすぎている。 つまり、あたしの個性は人に被害を与える可能性のあるものだったのだ。この年になるまでろくに訓練もしてこなかったから使いこなせるわけがない。下手をすると暴走して、周りの人を不幸のどん底へと落としてしまうことだってあり得る。 それなら……訓練をするしかない。 あたしがその個性を理解して、きちんと使えるようになるしかない。そう決心するのにそう時間はかからなかった。 夕飯を食べるときに、母に今日の出来事を伝えた。警察から連絡は言っていたものの詳細を知らなかったらしい母は、怪我がなくて良かったとわざとらしい笑顔を作った。きっとすごく心配したのだろう。 父にも、帰宅後に今日あった出来事を伝えた。それと同時に、自分の個性が自分の思っていたものと違うこと、そしてその個性のせいで人を危険に巻き込んだのかもしれないことも包み隠さず伝える。 父は、真剣な顔で話を聞いて、それなら使いこなせるように努力しろと言った。あたしも同じ考えだったので頷いた。 それからは、特訓の毎日だった。 本来ならば、幼少期に行われるはずの個性の扱い方の訓練。 人の運を変化させる個性は、訓練を通して徐々に使えるようになっていった。 もうひとつの疑問は解決しないまま。 かっちゃんが敵に捕まっていたときに、敵が剥がれ落ちたあの個性。あれはなんだろう。 父の個性は金縛り。敵を動かなくさせる。でも、あの時敵は動いていた。あたしが念じるままに動いていた。 なら、あれは金縛りではない。 そもそもあたしの個性なのかもわからない。 それでも、もしも自分の個性によって、敵が動きを止めかっちゃんから離れようとしていたなら、その個性を使いこなせるようになりたい。もしまた何かがあったとき、今度は自分の力で助けられるようになりたい。 そんな思いを抱えながら、しばらく訓練を続けた。 いつか、あたしもヒーローになれるかもしれない。そんな淡い希望を抱いていた。 あの日から、いずくんと一緒に登校することはなくなった。いずくんから、朝することができたから一緒にいけなくなった、ごめんねと言われたから。これ幸いにと朝にも修行をすることにした。 かっちゃんも学校でいずくんに絡んでくることはなくなった。お互い干渉せずに過ごしている。 そして、日々は過ぎて。卒業式を終えた次の日。 自宅へと、合否の書かれた紙が送られてきた。 ゆっくりと封を切って中身を見ると、「合格」の文字。あたしは希望通り、雄英高校の普通科を受験し、筆記試験のみの試験に無事に合格した。 結果を学校に伝えに行くと、ちょうどいずくんとかっちゃんもいた。 聞いてみれば、かっちゃんはもちろんのこと、奇跡的にいずくんも雄英のヒーロー科に合格したらしい。 「っ!!やったね!!いずくん!!」 いずくんの手を握りながら、跳び跳ねる。 「え、へへ……。ラッキーだったみたい……」 照れたように、でも少し隣を気にして笑ういずくん。隣にはすごい顔のかっちゃん。いい加減眉間からシワがとれなくなるぞ、と思う。 「かっちゃんも、おめでとう」 一応、かっちゃんにもそう笑いかけると、鼻で笑われた。 「ハッ、別にお前なんかに言われたくないわ」 それはそうかもしれないけど、でも。 「相変わらず、やな態度」 もうちょっと優しくしてくれてもいいじゃん。素直な感想を口にすると舌打ちが返ってくる。 「そーかよ」 その一言はどこまでも不機嫌そうだけど、でも彼は絶対にあたしに手をあげることはしない。 昔からそうだ。 彼は自分の中のある一線を決して越えない強さがある。 「学校同じだし、また一緒に登校できないかな?」 あまり友達もいない中で、一人で雄英に向かうことが不安で、いずくんにそう言うと 「ん?ああ、大丈夫だよ」 柔らかい笑顔と共に、そんな返事が帰ってきた。 「ほんと?よかったあ」 あたしはいずくんとかっちゃんに笑いかける。そのまま、ゆっくりと距離を詰めた。 「高校でもよろしくね」 そっと手を差し出す。いずくんはさも当たり前のように、その手を握った。かっちゃんも、特になにも言わないで、そんな様子を見ていた。 こうして、あたしたちは中学を卒業した。 そして漸く、濃い高校生活が幕を開けるのだ。 |