それは放課後のことだった。
確かにかっちゃんはよくいずくんのことをいじめるけれど、その日は度を越えていた。


「いずくん、帰ろ」
「ん、行こっか」

そう言って、いずくんが机の上においていたノートを手に取ったときのこと。かっちゃんがさっとそのノートを奪う。
「話まだすんでねーぞ、デク」
取り巻きたちが表紙に書かれた文字を読み上げていずくんを笑った。

「『将来のための……』マジか!?」
明らかに馬鹿にしていることがわかる声色。

そして、かっちゃんはそれをボムっと燃やした。
目の前に小さな塵が舞う。

「っ!かっちゃん!!」

さすがに見ていられなくて大きな声をあげるあたしを無視して、かっちゃんはそのノートを窓から投げる。

「一線級のトップヒーローは大抵学生時から逸話を残してる」
この学校から唯一の進学者になりたいと、彼は笑顔で言った。
「つーわけで、一応さ、雄英受けるなナードくん」

明らかにそれはいじめの現場だったと思う。

そして、次のかっちゃんの言葉にあたしは自分のなかで何かが切れたのを感じた。

「そんなにヒーローに就きてんなら効率良い方法があるぜ。来世は個性が宿ると信じて……屋上からのワンチャンダイブ!!」

いずくんの泣きそうな顔。遠回しに死ねと言ったかっちゃん。
「ふざけるな……」

彼がどうしても許せなくて、腹立たしくて、憎しみを抱いて睨み付けた。かっちゃんは一度軽い爆発を起こした。こちらを威嚇するように。何かが切れたような音と同時に、カチリとかっちゃんの頭の上にダイアルのようなものが見えた。0から100までかかれたダイアル。それが勝手に動いていく。0を指したところでそれは止まった。

意味はよくわからなかったけれど、体がすごく熱かった。怒りで燃えてるみたいに。



そのあと、かっちゃんが落としたノートを二人で拾って、帰路につく。

「今日は朝からヒーローを見たんだ!シンリンカムイ!」
「え、そうなの!?ラッキーだったね!!」
「へへ、すごかったよ。……かっこ良かった」


いずくんは嬉しそうにシンリンカムイの個性や性格について語ってくれる。
一度話し出すと止まらなくなるのは、今までの経験からわかっている。
彼の話に相槌をうちながら、道を歩く。
気を抜いていたからだろうか、後ろから近づいてくる敵にも気がつかなかった。



ふいに、後ろから影が延びてきた。
生温い風が吹く。ぬちゃっと粘着質な音が聞こえてきた次の瞬間

「わっ、プ」
「っっっ、!!!」

体に纏わりついたのは、ヘドロのような敵だった。

開いた口に苦くて温かくてどろどろしたなにかが入り込んでくる。息ができない。苦しい。死んでしまう。死にたくない。
隣にはいずくんが苦しそうにもがいている。

彼は無個性。あたしが守らないと。
もがいてみても、液体から抜け出せるわけもない。……無力だ。幸運の個性なんてなんの役にもたたない。嫌だ。守らないと。助けないと。こんなところで死んでたまるか!!

カチリと音がした。また、ダイアルが浮かんでいる。あたしといずくんの上。今度は100を指していた。

もう、意識がなくなる、その寸前で、そのヒーローは現れた。

「もう大丈夫だ、少年少女!!!」

ナンバーワン ヒーロー

「私が、来た!!!」

国民の憧れ。平和の象徴。オールマイト。

彼はパンチの風圧で、敵をあたしたちから引き剥がした。一瞬の出来事だった。

そして、彼が去ると同時にいずくんも消えてしまった。空を見上げると、かなり高いところにオールマイトとその足にしがみつくなにかが見えた。たぶん、いや、あれはいずくんだと確信する。どうするつもりだろう。
仕方がないから、家までの道をゆっくり帰ることにする。オールマイトのことだから、きっといずくんを悪いようにはしないだろう。ナンバーワンヒーローだもん。帰り道のどこかで会えたらいいなぁ、ゆっくりと歩を進めた。



通学路の商店街の前で、ガシャンっと大きな音を聴いた。ぼーっとしていた頭が、音のした方に意識を向ける。なんだ?敵?すごい音、ガラスが割れた?なにかが暴れてる?オールマイトが来るかも?そうじゃなくても、ヒーローが来ているなら、いずくんも見に来てるかもしれない。

あたしは急いで音のした方へと走り出した。
人が集まっている。問題の現場につくのに少し苦労した。

そこで見たのは、信じられない光景だった。
少し前に、あたしといずくんを襲ったヘドロのような敵が、いる。しかも、かっちゃんに絡み付いて。

「かっちゃん!!」
「なんだ嬢ちゃん、彼の知り合いか?残念だけど今は近づかない方がいい。危険だよ」
大声で名を呼ぶと、隣にいた叔父さんがあたしを見た。

危険、見たらわかる。かっちゃんは手のひらを爆発させて、敵を引き剥がそうとしている。敵は液状だからか、たいしてダメージを受けていないようだ。
あれ、苦しいよね。息ができないよね。体験したからこそわかるしんどさ。
かっちゃんはいつもはつり上げている眉を、心なしか下げて、その目には涙が浮かんでいるように見えた。
近くにヒーローはたくさんいるものの、個性の相性の関係だろうか、だれも近づかない。

かっちゃん!かっちゃん!!
いずくんに悪口を言う彼は嫌いだ。
個性をひけらかして、上下関係を見せつけるようなことをする彼も嫌。
人を小馬鹿にしたような態度も、嘲るような視線も、好きなわけない!

でも、大事な、大事な幼馴染みだ。
いいところだって知っているし、小さい頃は一緒に遊んでいたこともある。
こんなところで、死んでほしくない。
助けたい。
かっちゃん!!!

そう思ったとき、かっちゃんの頭上に再びダイアルが現れて、0に振れていた針が100へと向かう。

かっちゃんの口の中にヘドロの敵が入っていく。その一瞬、目があった。真っ直ぐにあたしをとらえた目。その目はいつもみたいに自信満々な輝きを放ってはいなかった。縋るように、必死に助けを求めていた。

「かっちゃんに、手を出すな!!!!」

あたしがそう叫んで飛び出したのと、別の場所からいずくんが飛び出したのはほぼ同時だった。

できることも特にないくせに。たいした個性も持っていないくせに。ただ、見ているのは嫌。あの、ヘドロをかっちゃんから追い出さないと!

いずくんは敵に鞄の中身を投げつけて入る。
敵の視線がいずくんにも向けられる。
いずくんにも敵意を向けているのは間違いない。誰一人、危険な目には会ってほしくない!

「君が、助けを求める顔をしてた」
いずくんが、かっちゃんにたどり着く。

「もう少しなんだから、邪魔するなぁ!!」
ヘドロが形を作り、いずくんを襲おうとする。

足元にサークルが現れる。
それはだんだんと広がって、かっちゃんに纏わりつく敵すべてが含まれる範囲で拡大を止めた。

かっちゃんから!離れろ!!
いずくんにも手を出すな!!!

そう強く思っているのが伝わってか、敵が少しずつ、剥がれ落ちていく。敵自身もなぜか理解が出来ないようで目を白黒させて、え?あ?と疑問の声をあげていた。

そして、そのとき、あのナンバーワンヒーローが現れた。

オール、マイト。



彼は圧倒的だった。
来て、一瞬の出来事。風圧で敵を吹き飛ばす。


あたしたち3人の幼馴染みはそれぞれヒーローに呼び出された。

いずくんは怒られて、かっちゃんは称賛されて、あたしは個性を尋ねられた。

オールマイトが来る前に、敵がかっちゃんから離れていっていたのは君の個性の力かい?って。
あたしの個性だとは思うけれどよくわからないから、素直にわかりませんと答えたら、眉を顰められた。

そのまま、あたしはいずくんはバラバラに家に帰宅した。拘束されている時間がそれぞれ違ったためである。
正確に言うなら、二人はあのヘドロが口の中に入ったため、一応検査を受けに病院へと向かうことになり、あたしだけ先に帰宅することになったのだ。


だから、あたしは知らない。

いずくんとかっちゃんのやり取りも。
いずくんとオールマイトのやり取りも。


あたしにとってこの日の事件は、眠っていた自分の個性を知るきっかけになった事件だった。

そして、あたしたちは明日からもなにも変わらないただの中学生として生活をするのである。表向きは、ね。