中学3年生、進路希望調査書の配布日。

先生が教室にはいるなり薄っぺらい紙を配る。

あたしはそこに一般的に難易度が高めと言われるある高校の名前を書いた。普通科である。

「皆、だいたいヒーロー科志望だよね」

先生が言うように友達は、大抵ヒーロー科を志望していた。
この時代ではヒーロー科に進学しようとするのが当たり前だから、普通科志望のあたしはひどく驚かれた。

でも、しょうがないじゃないか。
あたしには、みんなみたいなきちんとした個性などないのだもの。

できることならヒーローになってみたかった。
ヒーローである父の背中を見て、かっこいいと思う。人を助ける仕事には憧れる。
それでも、自分の能力ではそうなれないことはわかっていた。諦観。

後ろの席の幼馴染みを見る。緑谷出久、いずくん。無個性の彼はきっと、雄英高校の名を書いたのだろう。ヒーロー科と書いたのだろう。どこまでも諦めない、眩しい存在。

早々に自分がヒーローになるのを諦めていたあたしは、なりたかった自分を力がなくても頑張っている彼に重ねている。
だから、彼の夢を応援するのだ。ずるいやつである。

机に座りながら、そっとため息をつく。

そして、きっともう一人の幼馴染みも雄英高校のヒーロー科とあの紙に書いたのだろう。

「せんせえー、皆とか一緒くたにすんなよ!」

手の上で爆発を起こす、目立った個性を持つ彼は、不遜でプライドがエベレストみたいに高い男だ。爆豪勝己。よく、いずくんをいじめる。
だから、あたしは彼のことが嫌いだ。きっと、今も隣の席で、足を机に乗せている。

「あー、確か爆豪は……雄英高志望だったな」
先生の言葉にざわつくクラスメイト。
て言うかこの先生、プライバシーって言葉知らないのかな?

雄英高、偏差値79の超有名高校。
数多のヒーローを輩出している、ヒーローを目指す者にとって憧れの高校だ。

かっちゃんが、自分の夢を熱く語っていると、先生が思い出したように告げた。

「あ、そいやあ緑谷も雄英志望だったな」

かっちゃんのときにはざわついていたクラスメイトが、今度は一斉に笑う。侮蔑を込めた嘲笑だ。

無個性のお前が……。
無理に決まってるだろ……。
雄英、舐めてんのか?

視線からそんな声が聞こえてくるようだった。
そんな中、一人、感情と掌を爆発させたやつがいる。
案の定、かっちゃんだ。

「こらデク!!!没個性どころか無個性のてめェがあ〜、なんで俺と同じ土俵に立てるんだ!!?」
「待っ、違う、待って、かっちゃん」
いずくんを壁際に追い詰めるかっちゃん。

「別に……張り合おうとか、そんなの全然!」
壁に追いやられた彼は震えながら、それでも小さく呟く。
「ただ……小さい頃からの目標なんだ……。それにその……やってみないとわかんないし」

ああ、素敵だと思う。
周りになんと言われようとも自分を曲げないとこ。
席を立って、なおも笑われている彼の傍へ向かう。
あたしだけはいずくんの夢を笑ったり無理だと決めつけたりなんかしない。
今まで続けてきたたくさんの努力を知っているから。

だから
「あたしは笑わないよ、いずくん」
あたしは彼を支えたい。

教室の後ろに尻餅をついている彼は照れたように、あたしがそっと伸ばした手をつかんだ。

後ろからかっちゃんが舌打ちするのが聞こえた。