事態というものはいつだって急転するものだから困る。


『みつなりーぃっ』


ぱたぱたぱた
軽やかな足音が鈴鳴りと共にやってくる。足を止め、振り返れば彼女なりの全速力で此方へ向かっていた。

ああ今日は2つに結ってもらったのかと考える。揺れる毛先が愛らしいと思うようになったのは何時の頃からだったか。


「…廊下は走るなと言った筈だぞ、スピカ。」

『はぁい!』


元気良く返事をする癖にいつまで経っても改善されない。諦めたように小さく溜め息を吐くと、身を屈めスピカの目線に合わせてやる。

そうすれば途端スピカは三成の首に抱きつき。それに慌てるでもなく手慣れたように彼女の膝裏に腕を回して抱き上げた。


『あのねー、あのね、』

「どうした」

『うんとねー…』


走ってきた時の勢いは何処へやら。言いづらそうに口をもごもごさせるとジッと三成を見つめる。
その瞳の中の夜空に吸い込まれるのではと錯覚を覚えてしまう。


「言いたい事があるのならさっさと言え。私は暇ではない」

『うん…。…あのねぇ、スピカかえることにったの』

「…帰る、とは」

『空に、宇宙に。そろそろ天体に乙女座があらわれるじきだからもどってきなさいって』

「………そうか。いつ頃だ」

『あさってにはって』


存外に早い。
思い掛けない事態に表面には出さないが心中では静かに動揺していた。

いつかは。いつかは帰ってしまうのだろうと分かってはいた。スピカには一等星としての役目があるのだ。何時までも此処で油を売っている訳にはいかない。

けれどこうも唐突だとは思わなかった。


あぁ、そういえば明明後日には春分の日だったか。


「秀吉様に半兵衛様… それに形部にも知らせなければな」

『うん』


その日一日、スピカは三成にべったりだった。


*****


濃紺の夜空に煌々と星が瞬く。見上げすぎて首を痛めてしまいそうだが逸らすことは許されない。
今日はスピカが帰る日だ。この大阪のどこよりも高い天守閣の屋根の上、帰るというスピカを見送るため秀吉・半兵衛・三成・形部の4人が並び立っていた。

何とも壮観な画だと思う人間はいない。


「スピカ、向こうに戻っても息災でな」

『はぁい!ひでよしさまもげんきでねっ』

「残念だよ…。スピカを僕の養女として迎え入れてゆくゆくは三成くんの正室にする予定だったのに…」

「半兵衛様!?」

「残念だ…」


1人違う方向で肩を落とす半兵衛であった。
よもやそんな計画を企てていたとは…。いや、言われれば別にスピカを室にすることは出来るが… 何とも微妙な気持ちが表情に表れた。


それを気にせずスピカは首を傾げる。


『せいしつってなーに?』

「平たく言えば三成くんのお嫁さんってことだよ」

『およめさん…』

「まぁスピカにはまだ早いやもしれぬナァ」

『え〜?』


納得がいかないとばかりに声を上げるが形部も半兵衛も秀吉も微笑むだけ。三成へと顔を向けるが気まずそうに速攻逸らされてしまった。
解せぬ。

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