―静まる城内を巨体がズシズシと進んでゆく。肩には小さな幼女を乗せて。それが誰かを知らなければ誘拐の現場を目撃したのかと焦ってしまうだろう。

けれど当の本人たちは楽しそうにしており。終始楽しげにしながらついに目的としていた天守閣へ着いた。

僅かに月光のみが注がれるそこは、子ども心からすればどうにも足を踏み入れづらい所であろう。
けれどスピカは秀吉の肩から降ろされ、板張りにぶるりと一度身を震わせるだけで広がる闇に対しては特に恐怖心を抱く様子は見せなかった。


薄い夜着のまま、厚い夜闇の中を駆ける


『うーん』

「どうした? 天守閣に来たかったのであろう」

『そうなんだけどね、ちょっとちがうの。ひでよしさまはこのうえいける?』

「上…。屋根の上か?」

『そう!スピカそこから空をみたいのっ。みんなに、スピカのことおしえなきゃなんだっ』


みんな、とは一体誰のことを指しているのか。聞くだけ野暮だ。彼女の言う、空を見上げる相手とはそういう事。身軽な忍にでも任せるべきかと考えを巡らせるが、うんと一つ頷いてまた再びスピカを抱き上げた。


「行くぞ」

『やったーっ!』


己で行くことを決めたのは単純な善意というよりも好奇心からであった。
少し前に感じた、今宵何かが起きる予感。それがこのスピカによって起きると確信づいたからだ。

きっと一生味わうことの出来ない体験が、そこで待っている。

わくわくする気持ちをどうにか抑えながら、天井から伸びる紐を引きガタンと登り梯子を出現させた。するすると床に伸び、音もなく着くそれに小さくわぁっとスピカが声を上げる

こういった仕掛けは初めて見るようだ。

秀吉自身もこの天守閣の屋根へと出るのは実は初めてだったりする。
普段ならばここを通るのは屋根掃除をする者のみ。城主自ら屋根の上などという、危険な場所には登らない。


だが今回は特別。
こんな小さな子どもの願い一つ叶えられないで、この日の本を統べることなど出来るものか。
ガタリと屋根と見せ掛けた戸を押し上げる。

「スピカよ、落ちぬようしっかり掴まっていろ」

『はぁい!』


外に出る前に一声掛ければ、その言葉に従ってぎゅっとスピカが秀吉の頭にしがみつく。
それで全力なのだから何とも脆弱なことだと思いながら、いざ真の天守閣へと躍り出た。

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