秀吉さまと
静かな夜だった。

夜というものは大抵が静かなモノではあるが、今晩は殊更静かに感じる。虫の声も風のざわめきも少ない。

こういう晩は大概何かが起きると、長年の勘と経験で秀吉は知っていた。ふむ、と小さく唸る。


「(暗殺かそれとも奇襲か…。どちらにせよ我に及ぶこともない)」


少し楽しそうに口角を上げると、ギシリと廊下を踏み鳴らす。冷えた床は足の裏をひんやりとさせるが、分厚い皮のお陰で別段どうという事もない。

食事を終えたばかりで満腹というのと今夜何かが起こるかもしれないという未知の楽しみが底冷えの夜を遠ざけさせた。


自ら先陣を切って戦場を駆けるのも、この日の本を統べる者として印象づけさせる為に必要なことと受け止めている。
それが好きなことに繋がるワケではないが戦いの最中に見る、三成や吉継の働きぶり―… 成長を見るのは好きだった。


偶然立ち寄った寺でよもやあんな逸材を見つけようとは…。なかなかどうして、運がある。

「(…最近では、アレを眺めるのも楽しみの一つか)」


廊下を進んだ先の、曲がり角。
そこに差し掛かった折、月明かりに照らされた縁側にちょこんと座る小さな人影。


月光と同じ髪色をゆらゆらと揺らめかせジッと見上げるのは、月だけが居座る頂点。まるで紺の布地にぽっかり穴が空いたようである。
彼女が落ちて以来、星々は息を殺すように身を潜めてしまって。

それが一際月を孤独にさせていた。


「(竹取物語のようだな…)」


竹から生まれ、月に帰りたいと涙した美女。いずれアレの結末と同じように使者が来て帰ってしまうのだろうか。
そんな夢物語を頭に浮かべせせら笑う。何を馬鹿なと。

しかし彼女も、スピカも後5年もすれば美女の仲間入りをしてしまうだろう。
天真爛漫、快活さに影を潜めがちだが持っている素材はとても素晴らしい。

天に帰ることなく、三成の正室にでもなればいいものを。


『あっ!ひでよしさまだーっ!』


昔話のかぐや姫の如く美しく成長し、三成の隣で淡く微笑んでいるスピカを想像してしまっていればついにと言うかとうとうと言うか。
本人に見つかってしまった。

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