ならば何だ、と下を見れば先ほどまで眠っていたハズのスピカが手を伸ばし輿に下がる飾りヒモを握り締めていた。

眉間にシワが寄る。

『ん〜… ぎょぉぶ…なにしてるの〜…?』


寝起きだからか、掠れた声音で声を掛けてくる。もそもそと起き上がりながら片手で目を擦るが、もう片手は未だ飾りヒモを掴んだまま。
どうしたら逃げられるかと思案する。


『ぎょうぶー?』

「…やれ、何でもない気にするな。ちょっとナ、ここを通ろうとしていただけよ」

『そうなの?』

「そうよ、ソウ。そしたら主が寝ておったのでな、午睡の邪魔をしてはいかんと来た道を帰るところよ」


嘘は何一つ吐いていない。が、内々に秘めた感情や思考は一切口に出さず。

それが何よりの偽りだと無垢なスピカが知る由もなかった。


「分かったら放しやれ。我は行かねばならぬ故」

『じゃあスピカもいっしょにいくーっ!!』

「は、」
何を、と言う間もなく起きぬけだというのにやたらと元気にスピカは飛び跳ねてその勢いのまま形部の乗る輿に上がった。

そしてあろうことか形部の胡座の上に腰を下ろし。突然の行動にらしくもなく慌てながらも、ああ人肌に触れるのは何時ぶりかと思う。厳密に言えばスピカは人ではないのだが。

楽しげにニコニコと笑うスピカに目眩がした。


「…主は」

『なぁに?』

「主は恐ろしくないのか、この姿が、我を蝕む病が。触れれば、我と同じ姿となり周りの者に疎まれ忌み嫌われるぞ」


今はもう大分慣れた。
疎む目も、汚く罵る口も、触れないよう努力する手も。

そう、慣れはした。慣れはしたが決して気のいいものではない。ただでさえ人外、物の怪の類のようにも受け取れる身の上だというのにそんな扱い…。
この幼子が耐えきれるだろうか。


『えー、スピカはだいじょうぶだよぉ』

「…何故そう言い切れる」

『だってスピカはひとじゃないもん。星だもん。星はひとじゃないからひとのかかるびょうきにはかからないよーっ。けがはするけど、すぐなおっちゃうし!』

「…………。」

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