ピアノを弾く影月/葉月
普段から気を使っているだけあって、影山も月島も、手や指先を褒められることがある。ただ、「楽器得意そうだよねぇ、ピアノとか」。そう言われたのははじめてだった。
「王様がピアノって…」
「一回も触ったことねえ」
「だろうね」
昼休みになり、誰もいなくなった音楽室で、影山がそろそろとピアノに触れた。
「曲じゃなくても、一オクターブくらいならできるんじゃない」
「一オクターブ」
「ドレミファソラシド」
「あぁ、…最初…どこからだ」
「そんなのも知らないの?さすがにわかるでしょ?」
「はじめて触るっつってんだろ!」
「ここだよ、ここ」
人さし指で鍵盤を押せば、とおん、とまるい音が響く。影山はそれを見ながら、同じように右手を乗せた。件の指先が鍵盤をすべる。ドレミ、ファ、ソ、ラシド。たどたどしく、つたない音階。
「…そうじゃなくて、こう、途中で指を入れ替えるんだよ」
はあ、とため息をついて、月島が鍵盤をなぞる。ドレミファソラシド。しろい指先が泳ぐ。ドシラソファミレド。ゆったりと、なめらかな音階が響いた。
「月島、似合うな。ピアノ」
あっけらかんと言い放った影山の、ひどくやわらかな瞳。まっすぐな視線。
「………意味わかんない」
月島は再び鍵盤へと視線を落とした。影山は相変わらず月島の指先を見つめている。そして、かつんと小さな音を立て、そのうつくしい指先が鍵盤を弾いた。
とおん、とおん、と鳴り響く音階が、指先が、瞳の色が、頭の奥にこびりついて、消えない。