(久木/タイトルバイ昧爽/キスフレ気味)


湿った空気のなかで。
ゆるく息をととのえながら、まだ力の入らない四肢を仰向けに投げだしていた。
さっきまであんなに相手をしてやったというのにまだ欲の鎮まらないらしい影山が、僕に覆いかぶさったままだらだらと身体に触れてくるのを放って黙っていた。

影山が眉をひそめて、薄い唇をあわく尖らせ、みじかい爪でシャツの上から僕の鎖骨を引っ掻く。
ねえ痛いんだけど。そうでもなかったけれどなんとなく不満でそう言うと、影山はおとなしく爪を収めて、代わりのように僕の身体のパーツを点検でもするかのように持ち上げては観察し、観察しては床に下ろし、を繰り返した。髪をつまんでみたり、目尻をなぞってみたり、普段なら気持ちが悪くて絶対に許さないようなことばかりだった。
今は、いい。互いに互いの利益だけを追って関わりあっている、今は。影山のしたいことを邪魔してはいけない。

そのうち影山は持ち上げていた僕の右腕を床に下ろし、そして今度は左の腕をふらりと持ち上げた。肩のほうから肘をたどり、そしてその真っ黒な瞳がゆるやかに手首へ向いたとき、影山は手首を見つめたままほんの一瞬身じろいだ。

ああ、と僕は思い当たる。
昨日の夜、棚の向こう側へ滑って落ちた紙をどうにかしてつかもうとして、棚の角で思い切り左手首を切ったんだった。せいぜい薄皮がめくれた程度の傷だったけど、ざらざらとした木の棚の角が擦れたせいか、傷痕だけが大げさに赤くすじを引いてしまった。
影山はきっとそれを見て、あらぬ勘違いをしたのだろう。左手首に切り傷痕ともなれば、まぁ誰が見ても自傷を疑う。ただこんな浅い傷痕で疑うあたり王様らしいというか、そもそも王様が自傷について(限りなく浅いとはいえ)基礎知識を持っていたことに驚く。皮肉しか浮かばないが今はそれを言う気分でもないし、語尾に括弧書きで笑いを添える場面でもない。

影山は僕の手首をつかんだまま、親指できつくその傷痕をこすった。かすかに痛い、けれど、今度は何も言わずにいた。影山の顔が歪んで見えるのは気のせいではないはずだ。まさか心配でもしているのだろうか。
しかし影山は結局なにも訊かずに、そのまま僕の指を手慰みのように弄りはじめたので、僕は昨日の夜のことを話す機会を失った。
べつに言う必要もないか、と、影山の黒い眼から視線をそらした。床がやけにつめたい。


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