久木/



とても小さい、ひそやかな水音が、影山の鼓膜に引っ掛かった。
粘りけのある響きに、無意識のうちに顔をそちらに向けてしまう。滑らかな線でふち取られたその白い輪郭は、真昼の陽射しになかば溶け出してしまっていた。

「つきしま」
「…ん、」

ああ、なまなましい。

「……なに。」
「……」

じっと頬杖をついて、白い指を目で追いかける。安物の割り箸が、放っておかれてかたくなってしまった惣菜を掴みあげて、ひらいた口にすべり込ませる。油にぬれた鴇色のくちびるがうごめき、ちらりと覗いた舌が口許をぬぐう。
顎の奥がひくりとふるえて、食事を呑み込む喉がうねる。反動のように漏れたほそい息と、かすかにひらくくちびるの隙間。ああいま、そこに、一気に舌をねじ込んで、呼吸なんか奪ってしまいたい。
湿ったような嗜虐心が、むくりむくりと立ちこめてくる。
もうこちらなんか見てもいないこの男を、どんなふうに食ってしまおうかなんて。脳裏に巡る景色はどれも見たことのない、けれども、なんども夢想してきた景色だった。
白昼の陽光が、そんな煩悩を責めるように射し込む。目に刺さる光のすじに、神経がすこし逆立った。怒りと呼んではおおげさすぎるような情動を、それでも自分の中で言い訳にした。

「…月島」
「ん……だから、なに、ッ…!」
うわむいた頬を乱暴に触って、くちびる同士を強引に引きつける。油くさい咥内を舌で浚う。
無意識なのだろう、鎖されたまぶたに思わず見惚れて、ゆるりと顔をはなした。
なにかの種のような光の粒が、睫毛のうえをすべる。

「っは、…おい、抱かせろ」
「は?いや馬鹿じゃないの?!僕いま食事中!なにサカってんの!」

すこし汚い叱責の言葉ですら、いまは脳内であまやかな声にしかならない。ああはやく、あの善がる姿が、声がほしい。目の前の男の肌に触れてみて、ああおれは飢えているんだ、と思った。

「ちょ、ばか、影山!」
「逃がさねえよ、」

おれを突き放そうとする薄いてのひらすらいとおしい。そのてのひらが、どうやったって本気になれない力加減で押しつけられているという事実も。
逃がさないなんて言っておいて、逃げられないのはどっちだ。もうずっと囚われたままでもいいと、思っているくせに。


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