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「………何だよ…あれ……」







本当の笑顔






冬の寒さも徐々に和らぎ、買い物をしに近くのスーパーに向かうアキラ。
新しいオレンジ色の自転車のサドルに跨がり一漕ぎ。

「…早い…」

恥ずかしい話、アキラはこの前生まれて初めて自転車に乗った。
この歳になって自転車にも乗れんのか、などとシキが馬鹿にしたように笑っていたが無視を決め込み、練習に付き合ってもらっていた。
数箇所にも及ぶ擦り傷に絆創膏を貼り、少々痛々しい姿だったが、アキラの表情は明るかった……

ヨロヨロと、子供が見れば指を指して笑われるような運転でスーパーに向かう。徒歩では20分かかっていたのに自転車だと10分弱で着く。
荷物も持つ必要がないのでかなり楽だった。



買い物を済ませ、アキラはスーパーを出た。肌に当たる風が心地よい


「今日は人がたくさん外に出てるな」

そんなことを考えながら自転車を走らせていると、ある喫茶店で見覚えのある髪型とスーツが目に入った。

「…?シキ?」

店を少し通り過ぎてしまったので戻り、自転車を止めて中を見る。

それはどう見てもシキであることに間違いはなかった。


「シキって眼鏡なんか掛けてたか?」


そうなのだ。シキは黒ブチ眼鏡を掛けていて、アキラが見たこともないような笑顔で誰かと話している。
シキの向かいに座っていたのは茶髪でロングヘアーの女だった。女も相槌を打ちながら笑っている


「………何だよ…あれ……」


シキと過ごした2年間、いや、シキの意識が戻るまでを入れるともっと長くの時間を共有したはずだ。


自分はこんな楽しそうなシキを今まで見たことがあったか?

いや、ない。

そもそも俺の前であんなに笑ったことはあったか?

いや、ない。

俺の前で眼鏡なんて掛けてたか?

知らない。



「………。」

頭が真っ白になり、何も考えられなくなる。モヤモヤとした気持ちで一杯になり頭が痛くなってきた。


それからどのように家に帰ったかということすら記憶にない。
零れそうになる涙を下唇を噛んで堪えたこと以外は…


ただ、今見たことが信じられなくて…受け入れられなくて…どうしたらいいのかわからなくて……





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