僅かな抵抗



シキも苦手な事とかあるんだな……



僅かな抵抗




「シキ、今日だぞ。インフルエンザの注射」

「…何のことだ」

水曜日、俺が働いているペットショップの社員の一人がインフルエンザにかかったことを聞いて、急遽病院にインフルエンザの予防接種の予約を取った。
シキには悪いがシキの分まで一緒に頼んだのだった。

そのことをその日のうちに伝えればよかったが、うっかり忘れてしまった。


「聞いてないぞ。」

「…ゴメン、忘れてたんだ」

「『忘れてた』で済まされる問題じゃない。」


どうしたものか…
いつもはそんな小さな事でしつこく言ってはこない。


「俺は受けないぞ」

「はぁ?何でだよ!」

「…俺がそんなインフルエンザなんぞにかかるわけがないだろう」

「何を根拠にそんなことが言えるんだよ。…シキの会社だってかかってる人がいるだろ。」

「いるが?それは別の課だ。第一、俺はそこらの奴と鍛え方が違うんだ。」

「……。」


何も言う気が失せた。
何かと理由をつけてインフルエンザの予防接種を拒んでいるように感じた。

…拒む……?
……もしかして……


「あの、もしかしてシキって注射嫌い?」

「なっ!?何を言う!」

明らかに慌てているのがわかる。


「嫌いだからって受けないとか…。いい大人が恥ずかしくない「別に嫌いではない!寧ろかかってこい。」


『かかってこい』の意味がいまいち理解できないが、様子からして嫌いであると察した俺はシキをその気にさせるべく、鎌をかけてみることにした。


「嘘だ、シキ、本当は怖いんだろ?俺は全然平気。まぁ、そんなにシキが嫌なら今から電話してシキの分はキャンセルしてもらうから。」

「誰が怖いと言った!行くぞ、行くに決まっている。さぁ、早く行くぞ!」


作戦成功。
俺はシキに見られないところでガッツポーズをした。
まぁ、実は俺も注射が嫌いであったから、どうせならシキも巻き添えにしたほうがいいと考えたのだ。

さて、そうと決まればシキの考えが変わる前に早く病院に行ってしまったほうがいい。
俺とシキはさっさと身支度を整えて家を出たのであった。



***


病院は同じ考えで来ている人がたくさんおり、普段の2、3倍の人数でごった返していた。
予め予約を取っておいたので、そんなに待たなくても済みそうだった。

俺とシキが待合席で待っていると…


『いや!おかあさん!いや!ちゅうしゃこわい!!いぎゃあああああ!!!』


子供の断末魔…いや、悲鳴が聞こえてきた。
一瞬病院全体が静まる。

隣のシキを見ると表情が強張っているのがわかった。
もしかしたら自分もそう見えているのだろうか…。そう思うと急に恥ずかしくなって目線を下に下げた。

「…ど、どうしたアキラ。…怖いのか?」

「…え…?あ、いや、何言ってんだよ、怖がってない。ちょ、ちょっと…ビックリしただけだ。」

どこぞのアニメでそんな台詞を聞いた気がしたが、今ならその気持ちも分かる気がした。


その時、泣きながら先程の子供が母親に抱きかかえられながら診察室を出てきた。
顔なんてもう鼻水やら何やらでとても見れたもんじゃない。
…もし…自分もそんなことになったら…



「アキラさんとシキさん、診察室に一人ずつお入りください」


一人ずつだと…!!

咄嗟にシキを見る。シキも同様に俺を見ていた。


「あ、じゃあシキ、先に行けよ。俺は後でいいから。」

「何言ってんだ。お前が先に入れ。元はといえばお前が予約を取ったのだからお前が先に入って当然だろう?」

「いや、俺はシキのためを思って言ってるんだ。シキ、ほら、看護師さんが待ってる。早く行けよ。」

「看護師はアキラを待ってる。ほら、早く。」


大きな声で大の大人が譲り合いをしているものだから、周りの子供連れの母親が笑いを堪えてこちらを見ていた。

看護師もそんな俺達の様子を見て、呆れた顔で手招きをした。


「分かりました。では二人お入りください。」

『…わかりました』


周りの視線を痛いというほど感じながら俺達は中に入った。




「ほら、アキラさん、早く腕を出してください。」

診察室では眼鏡をかけた『いかにも』な医者が注射器を準備して待ち構えていた。

震える右手を押さえながら恐る恐る差し出す。
それを素早い動きで医者が腕を掴むと注射針を挿れた。

チクッとした痛みと同時に冷たい液が体の中に入っていくのを感じ、思わず目を閉じた。

あぁ、シキの顔が見たい。
今、どんなふうに俺のことをみているんだろう…。
そう思うと俺が先でよかったんじゃないかと思う。

怖かったのはほんの一瞬で、あっという間に終わった。

「はい、よく頑張りましたね。それではシキさん、どうぞ、」


そう言われてシキも俺が今座っていた椅子に座ろうとしている。

「頑張れ、シキ。」

「痛くなかったか…?」

小声でそう聞いてきたので、俺は必要以上の笑みを見せて、

「痛かったに決まってるだろ。」

と、言った。

怖がるシキを見るのは新鮮で、楽しかった。
今日一日くらい楽しんでもいいだろ?



***




「くそ、騙したな。」

帰り道、シキに睨まれながらそう言われた。


結局、シキも俺と同様、あっさりと終わってしまったのだが、注射針を挿れられるまでがいろいろと長かった。
しまいには医者に睨まれ勢いよく針を刺された。


「何が『痛かったにきまってるだろ』だ。ふざけるにも大概にしろ。」

「ゴメン。でも…よかった。」

「…何がだ」

「シキにも嫌いな事とかあることが分かって。」

「だから、いつ俺が嫌いだと言った。」

「…はいはい。」


足早に俺を置いていくようにシキは歩くスピードを上げたので、俺もそれに追いつくように歩調を合わせたのだった…………





end



Sだな、アキラ。
そう思いました。
シキアキ夫婦強化週間3日目です!いかがでしたでしょうか?
注射嫌いのシキ…ププッ…笑えるじゃないですか。
たまにはこういうのもいいと思います。


よろしければ感想お聞かせください。



2009.12.21





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