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もう何時間待たされているのだろう…
暗い所に閉じ込められて時間の感覚が無くなる。
アキラは地下5階に連れて行かれて、真っ暗で無機質な部屋に入れられた。
男は『確認を取ってきます』とだけ言うと何故か鍵を掛けていなくなってしまった。
そもそも、名前すら聞かれていないというのに何の確認を取るのだろう…と不安になってしまった。
そして…鍵を掛けるとき、男がニヤッと笑っていたことに対しても違和感を感じていた。
「こんなところ…何年ぶりだろう…」
アキラが無実の罪で逮捕され、牢屋に入れられた時の場所によく似ていた。
コンクリートが剥き出しのひんやりとした部屋で、鉄格子の付いた窓が一つと、ベッド、水道だけといういかにも刑務所のような場所だった。
「…もう…何人目だろう…」
「!!」
壁越しで少年の声が聞こえ、アキラはビクリとした。
「君、女じゃないんだ。」
「…っ!どうして分かった…」
「くくっ…だってさ、声が男だもん。あの眼鏡男が居なくなった時、声のトーンが下がったからすぐわかった。」
「…アンタ…どうしてこんなところにいるんだ?」
「ここに務めている友達に昼休みに会いにいったらロビーで眼鏡の男に捕まってね…。『上層部の人間に許可を取ってくるから』と言っていなくなって…」
男の言葉がここで途切れる。
どうしたのかとアキラが訊ねれば隣の部屋の少年はクスッと笑った。
「ここに収容された人間は、さっき君を連れてきた眼鏡の男を含む数人の男の『おかず』になるんだよ…」
「おかず…?」
意味が分からなくて首を傾げていると男は話を続けた。
「…まぁ…ヤられちゃうってことかな。奴らの性欲処理的な。このことは他の社員は全く知らない。だから俺達が死ぬ、あるいは発狂して気がおかしくなるまで玩具として扱われるんだ。」
「…なんだよ…それ…。」
少年の言うことが確かであれば、シキも当然その事を知らないだろう。
「じゃあ…俺の女装もバレてたってことか…」
アキラがボソリと呟くと少年は驚きの声を漏らした。
「えっ!女装って…何、君ってそういう趣味をお持ちの人だっ…「違うんだ!」
アルビトロ同様、勘違いされそうになり、アキラは少年の言葉を遮った。
「ここの会社の上層部のシキって奴、知ってるか?」
「あぁ。眼鏡が言ってたから聞いたことがある。『シキには絶対にバレるな、バレたら殺される』って言ってたな、確か。」
「…そのシキの…配偶者なんだ。」
その言葉に少年は息を呑んだ。
「いや、待て、だってそのシキって…男じゃ…」
「…同性結婚したんだよ。」
「…へぇ…。確か最近法律が改正されて可能になったって言うあの同性結婚だよな。」
「あぁ。それで今日はシキが忘れて行った会議の書類をこの会社に持って来たらこんなことに巻き込まれて…。」
だから同性結婚ということが恥ずかしくて女装して来たのか、と少年は言った。あながち嘘ではないのでアキラは肯定した。
「同性結婚のことをシキは会社で他人に言っていないかもしれないと思って迷惑をかけたら悪いと考えて女装して来たんだ。」
「…すごい…大胆だね…。それで?ロビーの女はごまかせたの?」
「…あぁ。だけどその眼鏡の男はダメだった。」
「…いや、ロビーの女をごまかせただけでも凄いよ、って事は……」
「何話してんだよ!」
いきなり違う男の声がしたかと思うと隣の少年の部屋が大きな音と共に開けられ、荒々しく男が中に入っていくのがわかる。
「…なんだ、隣の奴を気にする余裕がテメェにはあったのか、あん?」
「…ごめんなさい…」
「どうやら仕置きが必要なようだな!」
「ま、待って!やだ!やめろ!!っあ…」
「ほら、啼けよ!」
「んぁ…、っは…あぁっ…」
音声のみで繰り広げられる行為にアキラは固まってしまった。
これが『おかず』という名の性欲処理なのだろうか…。
(自分も同じ目に遭うかもしれない…)
あまりの恐怖に自分の肩を掻き抱く。
気がつくといつの間にか涙が流れ始めていた。
ただ、頭の中で何度も何度も『シキ、シキ』と叫び続けていた………
***
「おい、」
ふと、隣の部屋から呼びかけられて目を覚ました。
ガラガラに掠れた声だが、それは確かに先程の少年の声だった。
「…大丈夫か…?」
「ハハッ…いつものことだから…。これ位で済んだからまだマシだ。君も用心しておいたほうがいいよ、いつああやって奴らが戻ってくるかわからないからね。」
「…用心のしようがない。」
そう言うと「確かにそうだ、」と言って少年は笑っていた。
それから二人はお互いの過去のこと、最近あったことなどを語り合っていた。
その一時の時間でも、アキラの不安は紛れていた。
もしこれが一人きりだったら…と考えるだけでも怖くなる。
「今日はもう寝たほうがいい。」
「もう…そんな時間なのか?俺が来たときは確か2時前だった気がするが…」
「あれから俺と話してたら奴らが来て俺がヤられてたでしょ?その時君が何をしていたのかは知らないけど…。
暫くして俺が君に声を掛けたってくらいだからそのくらいになってて当然さ。…まぁ、それに俺はここに長い間いるから何となく時間が分かるようになっちゃったんだけどね。」
この少年はずっと一人でこんな暗い所で不安な毎日を過ごしていたのだと思うと心が痛んだ。
「…どうして…アンタはこんな所にいても明るく出来るんだ?…正直、俺は無理だ。」
「えっ?ハハッ、そりゃあ俺を待ってくれてる人がいるからね。俺も好きな奴がいるんだ。…君と同じようなモンさ。」
同性か?と訊ねると、そうだと肯定した。
まさかこんなに身近に同性愛者がいるとは思ってもみなかったからアキラは驚いた。
「そんなにさ、『隠す』とか『隠さない』とか関係ないと思うけどな。…だって法律が改正されたんだ。だから君も堂々と『同性結婚した』ということを言っても構わないんだよ。」
「……。」
この言葉で今までの靄が取れた気がした。
そうだ、別に自分達が同性結婚したと他人に言っても変な顔はされないのだ。
確かにまだ実例が少ないから変に思われるかもしれない。だが自分達がそれでいいというのなら…胸を張るべきだと思った。
「…なんか…今までコソコソしていた自分が馬鹿みたいだ…。」
「そうだよ、隠す必要なんてない。それは決して恥ずかしいことじゃないんだから。」
それだけ言うと少年は寝息を立て始めた。
今はどうすることも出来ない。ただ誰かが助けに来てくれるのを待つだけなのだ。
アキラも全く予想できない明日に向かうように瞼を閉じた………
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