B
「…キラ…ねぇ…」
身体が重い、だるい。おまけに声まで聞こえてきた。
これはきっと熱があるからだ…
アキラはそう思っていた。
だが…それにしてはどうも様子がおかしい。
目を開ければ済む話だが、具合が悪いせいか、それすらも億劫に感じてしまう。
「アキラ!」
「っ!!」
身体を大きく揺さぶられ、夢うつつから現実世界へ引き戻される。
目を開けるとそこには自分と同じ顔があった。
「……。」
「へへっ、ビックリした?…やっぱりあの薬、飲んでよかったよ。一瞬死ぬかと思ったけどね!…というか『向こう』じゃ俺死んでるかもしれないなぁ…」
アキラの上に跨り一人ぶつぶつと呟く同じ顔。
しかし、よく見ると何かが違う。
顔こそ同じだが、肩ほどまで伸びた髪、甘えたような声色、力を入れたらすぐにでも壊れてしまいそうなほど白くて細い腕…そして何より大きめのシャツを一枚羽織っただけの淫靡な容姿…
自分と似ているようで似ていない人物を見て固まっていると、今度は部屋の中を見ている。
「おい、お前…「あれ?シキは?」
「まずは俺の質問に答えろ。お前は何者なんだ。」
「何者?…何言ってんの?俺はアンタだよ。まぁ…何と言うか…シキが構ってくれないから『こっち』に遊びに来ちゃったってわけ。…でも残念、『こっち』のシキも…あれ?どうしたの?熱でもあるの?」
そう言ってアキラの上に跨ったまま柔らかい手が額に触れる。
「…っ…」
冷たくて気持ちがいい。
アキラは安心したかのように目を閉じる。
「熱が高いね…。俺がこんな状態だっていうのに『こっち』のシキはどっかに行っちゃったの?」
「…総帥は…大事な会議に行かれた。本当は俺もそれに同席するはずだったが不覚にもその前の会議中に倒れて行けなくなったんだ。それに、総帥は俺の身体を気遣ってくださり、こうして休みをくださったんだ。」
「ふうん。『こっち』のシキは優しいんだ。俺のほうのシキはいつも約束を破るしサイテーだよ。もう嫌になっちゃう。…それに構ってもくれないしね。」
一瞬、淫靡の顔が泣いているように見えたのは気のせいだろうか。
いや、それともやはり熱が高くてそう見てただけだろうか…
「あっ!ちょっと!寝ないでよ!」
「…俺はアンタとは違って具合が悪いんだ。」
「………っ…」
今までの威勢はどこへやら。
急に大人しくなったかと思うと頭上から嗚咽が聞こえだした。
さすがにこれでは目を開けなければならない。
「……」
見ると、淫靡は大粒の涙を流していた。
「…ってよ…」
「…??」
「構ってよ…!なんで皆俺のこと知らんぷりするんだよ!そんなに俺のこと嫌いなの!!」
泣き叫びながらアキラの身体を叩く。
これはもう、完全なヒステリー状態だ。
アキラは溜息をつく。
「はぁ…。俺の上で暴れるなよ。…一先ず降りろ。」
「…ぅ…」
身体を起すと眩暈がするので、横になったままで淫靡を見る。
淫靡は顔をくしゃくしゃにして鼻を啜っている。
(俺は泣くとこんな顔をしているのか…)
「わかった。俺が構ってやるからいい加減泣き止め。頭が痛い。」
「…っ…ホント…?」
「あぁ。…但し、満足したらすぐに元のところに戻るんだ。『あっち』で今頃大変なことになってるだろ。」
一瞬反抗的な顔をしたが、首を縦に振った。
***
そう、『あっち』では大変なことになっていた。
世話係が少し目を離した隙にアキラがおかしな薬を飲み倒れたからだ。
アキラが倒れたことを知ったシキは慌てて帰還した。
「シキ様!アキラ様が…」
「大体事情が聞いている。それで?容態はどうなんだ?」
「…それが…もうかれこれ6時間ほどずっとこんな状態で…」
アキラは死んだように安らかに眠っている。
意識を手放したあとからずっとこんな感じだった。
生きていると言われなければ死んでいるようにも見える、そのくらい青白くなっていたのだった。
「熱は」
「いえ、ありません。意識がないだけのようですが、」
会話の途中で主治医が口をつぐむ。
「…どうした」
「…最近、シキ様が遠征に行かれている間はほとんど毎回食事をお残しになられるのです。…なので、栄養剤は点滴で送り込んでいますが、栄養失調のような状態になられてます。…世話係の話によると、シキ様が最近全然構ってくれないと気にされていたようです。」
それを聞いたシキはまさかとアキラを見る。
もしかして、アキラはそれで薬を服用したというのか…
「この薬は何の薬なんだ。」
「…最近巷で出回っている精神安定剤のようなものです。ですがこれを服用してどうなるか、という詳しい情報がこちらには全く入ってきていませんのでそのくらいしか…」
アキラはこの薬をどこで手に入れたのだろう
ずっと部屋の中にいたのだ。入手する手段がない。
シキは「アキラを任せる。」と言うと、足早に部屋を出て行った。
(まずは城内で犯人探しといくか…)
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