架空愛玩生活

 玄関のドアが開く音で、山岡は作業の手を止めて音の主を見遣った。この部屋の主であり、山岡の飼い主でもある河本が帰宅したのだ。
「良い子にしてたか」
「……別に」
傷害で服役したものの社会復帰に失敗し河本に拾われた山岡は、相変わらず彼の愛玩犬として気紛れに弄ばれる日々を過ごしていた。
 良く吠える可愛い負け犬を気に入っている河本は、山岡の素っ気無い態度に気を害した様子は無く、上着をハンガーに掛け、坦々と夕食の準備にかかる。


 普段から山岡を良いように使っている河本だが、料理と掃除は彼の仕事だった。
 几帳面な男ではあるが、別に世話焼きという訳でも無い。ただ、支配的な性癖故か、他人に世話を焼かれる事を嫌がる性格で、殊に台所を他人に触られる事が我慢ならなかったのである。
 その結果として、河本が仕事で居ない時の山岡の食事は必然的に作り置きか市販品に限られた。大学生として一人暮らしをしていた時は勿論、社会人として働いていた時も自炊していた山岡だが、最近はコンビニの店員に顔を覚えられるまでになっていた。
「明日は当直か」
山岡は河本が作る料理の量を見ただけで、明日どれだけ河本が家を空けるかが推して測れるようになっていた。勿論、職務上のトラブルが起きればシフトも乱れるので完全に把握する事は不可能だが、正答率は極めて高い。
「ああ。淋しいか。悪さしねえようにまた貞操帯付けてやらねえとな」
「ばっ馬鹿っ。顔を合わせる時間が短くて清々する」
大量の野菜炒めを作る河本が、手元から目を離さず応じた。咄嗟に提案を棄却し河本を罵倒する山岡だが、相変わらずイニシアチブは飼い主にあった。
 つい先日、河本が仕事で留守居している間に勝手に楽しまぬようにと貞操帯を付けさせられるなどの辱めを受けた記憶が蘇り、山岡の頬が火照る。その時は結局、貞操帯に射精を阻まれたまま直腸を穿られて、情けなく射精の許可を強請ったのだった。

 婚前の性交渉を疚しいと考えるなど潔癖めいた所がある山岡にとって、その扱いは酷く堪えるものだ。
 けれど、そんな屈辱を与える河本の元から山岡が逃げないのは、首輪で繋がれているからではない。従順に振る舞い可愛がられる事に歓びを見出していたからだ。
 河本は、命令に従う事が出来た山岡を「良い子だ」と褒める。その承認が、人間社会から置き去りにされた山岡にとって恐ろしく甘美だった。社会から犯罪者として爪弾きにされ、故郷すらも居場所ではなくなった山岡にとって、今や帰属意識を満たす瞬間は犬としての時間のみ。屈辱への抵抗より、良い子と褒められる喜びの為に従順な犬として振る舞ってしまう事を選択するのも無理からぬ事だった。


 食事を終えて、リビングの机から食器を片すと、河本は珈琲を淹れると言って席を立った。
 その姿を横目で見ながら、山岡は内職を再開させる。商品に只管バーコードが付いたシールを貼り付けていく単純作業で、収益は然して高くないが、何もしないと気が滅入るので暇潰しになるよう始めたものだった。
「お前、媚薬って使った事あったか?」
インスタント珈琲の粉をマグカップにスプーンで測り入れていた河本が、思い出したように聞いてきた。不意打ちを食らった山岡は噎せ込んだ。その勢いで、バーコードが指の間で潰れて使い物に物にならなくなったが、最早彼等の気にする所ではない。
「……ねえよ変態野郎」
河本が刑務官として勤務する刑務所は特殊で、受刑者は刑務作業として性玩具を試用させられる。山岡も嘗てはそこの受刑者だった身なので、その刑務作業で受けた屈辱は計り知れない。幸い媚薬こそなかったが、山岡の直腸が女性器並みに開発されきってしまった原因は、刑務官や古参服役囚からの可愛がりを除けば刑務作業が主であった。今の内職の方が余程刑務作業に相応しいのではないかと山岡は口を尖らせる。
「俺も媚薬なんざ担当するのは初めてだったが、マジで効くんだなぁ。ああいう薬って」
「知らねえよ。プラシーボ効果だろ」
意図的に素っ気無く返答する山岡の元に、河本は珈琲を持ってきた。香ばしくほろ苦い匂いが部屋に満ちる。下世話な会話だけが、穏やかな夜を損ねていた。
「そうか? どいつもこいつも頼むから滅茶苦茶に抱いてくれってガニ股で痙攣してたぞ」
思い込みの偽薬効果でそこまでの変化が得られるだろうかと、河本が状況を仔細に述べる。その悪趣味さに山岡は閉口せざるを得なかった。河本を罵倒するのも忘れて、受刑者達に本気で同情した。

 嫌な想像を振り払おうと珈琲を傾けた山岡だが、珈琲の匂いが若干ながらもいつもとは違う事を敏感に感じ取った。
 そして、はたと気付く。何故、河本は唐突に職務内容を語ったのかを。
「……ああ、珈琲粉な、新しいのに詰め替えたんだよ」
山岡の訝しげな視線に気付いた河本は、抜け抜けと答える。それどころか、それ以上追及させない態度で、暗に主人に逆らうのかと警告していた。山岡は粗相に対する仕置きを受けた事は幾つもあるが、可愛くない犬だと見捨てられた試しは一度もなかった。それだけに、胃の腑が重くなった。
 河本の視線に負け、山岡は恐る恐るマグカップに口を付ける。
 しかし、脳裏にガニ股で痙攣する自身の姿が浮かんでしまい、山岡は珈琲を口に含んだまま暫く嚥下を躊躇した。

 結局、山岡が胡散臭い珈琲を嚥下する事はなかった。
 幸いにもそのタイミングで食洗器のタイマーが鳴ったからだ。河本は嚥下まで見届けず、台所へと戻っていった。

 その隙に、山岡は観葉植物の鉢に得体の知れない珈琲を吐き出し、カップの中身ごと隠滅を図った。珈琲の茶色が、茶色の土に吸われていく。その様子に山岡は安堵した。


 「あーあ。勿体ねえの。というかお前さ、それでパキラが枯れたらどうしてくれんの」
だが、山岡の隠蔽工作は失敗に終わる。鉢に向かってしゃがみ込んだ山岡の背後に、河本が立っていた。元よりこうなる事を織り込み済で席を立ったのだろう、顔色一つ変えずに山岡を睥睨している。
「本気で俺が何か入れてるって思ったのか? 普通、そういうのは経口摂取じゃなくて粘膜吸収だろ」
最初から、河本は山岡が不安に襲われる事も見越して、普段とは異なるメーカーの珈琲を与えていたのだ。仕置きという正当な名目を以って媚薬を塗布する為に。
「知らねえよ、そんな普通……」
絶望を隠さない山岡の声は虚しくリビングの空気に溶けていった。


 仕置きと称して全裸にされた山岡は、直腸を洗浄させられた後、リビングのフローリングの上で四つ這いにさせられた。
 河本は軟膏状の媚薬を塗り込み易いようにと右脚を上げた状態でいるように指示をした。そのポーズが放尿をする雄犬のようで余計に山岡を辱める。
「あ、ああ」
軟膏を纏った河本の節くれた中指が肛門を押し開く感覚に、山岡は背筋を震わせ力無く呻いた。本人の意に反して、山岡の肛門は貪欲にひくつきながら河本の指を深々と受け入れ、早々に慣れ親しんだ快楽を探し始めるのだから救えない。
 これだけでは罰にならないと、河本が苦笑交じりに溜息を吐く。事実、とうに尻に異物を食む感覚を快楽と直結させて学習してしまった山岡の陰茎は、緩く立ち上がり始めていた。媚薬の効能か、普段より更に刺激に対して過敏になっている身体が悩ましく悶える。
「ちと縛るか。脚は上げてろよ」
河本は一旦指を引き抜くと、机を山岡の目の前まで動かしてきた。そして、手際良く山岡の腕と机の脚を結束バンドで纏めて固定した。これで山岡は自力で起き上がる事も叶わなくなる。得体の知れない媚薬の存在と無防備な体勢を強制される恐怖とが相俟って、不安が一層重く山岡に圧し掛かる。

 山岡の不安を他所に、勝手に仕切り直した河本は再び彼の直腸に指を差し入れてきた。
 今度は二本指で、万遍無く媚薬を塗り伸ばすような動きで穴を広げていくものだから、山岡は堪らず首を振った。
「あぁ! くそっ変態、やろおぉっあっああ、やめっ」
しかし、二本指に的確に前立腺を揉み込まれ、文句は断続的な悲鳴に代わる。山岡の腿は陰茎から溢れたカウパーで既に濡れていた。
 上げろと言われていた右脚も、いつの間にやらと床にベタリと付いている。無様なガニ股を晒す山岡は、犬というよりも蛙というべき風情だった。
「何だ、止めてほしいのか」
当然ながら止めろと返事をしたい山岡だが、呼吸の乱れた口からは不明瞭な喘ぎ声ばかりだった。肘では上体を支えきれなくなって胸を床に付けた所為で、より尻を高く掲げて更なる刺激を強請っているようにすら見えた。
 山岡が上手く言葉を紡げないのをいい事に、河本は一層執拗にそこを嬲った。笑窪のできた山岡の尻が痙攣し、睾丸が吊り上がる。山岡に引っ張られて、机がカタカタと揺れていた。
 河本が器用なのか媚薬の効果なのか、山岡は酷く呆気無く射精を迎えた。

 白いフローリングに山岡が放った精液が勢い良く落ちていくのを認めた河本が、無言のまま指を引き抜く。
「……へ、んたい、やろ」
山岡は肩で息をしながら、相変わらず貧困な卑罵語を絞り出す。
「脚上げろって言ったよな」
河本は不出来を非難する。張りのある肉が弾力と瑞々しさを主張するように音を立てるのが面白いのか、河本は山岡の尻を幾度か平手で軽く叩いた。痛みは僅かだが、恥ずかしさはその比ではない。
「脚上げてねえと、ケツメド穿ってやんねえぞ」
「なおさら嫌だって……早く、手を解け。なあ解けって……」
河本は山岡の抗議を無視して尻を叩き続ける。手の込んだ段取りで行われる「仕置き」が一度射精しただけで終わる訳はなかった。案の定、山岡の声は次第に切羽詰まったものになっていった。
「ちょっと、ああ、たたくな、もったたくなって……」
尻に刺激が与えられる度、下腹がジンと甘く痺れる感覚に襲われるのだ。何なんだ、と山岡の唇が動くが、聞かずともそれが薬の効能である事は身体が理解していた。一度達したはずの陰茎が、また力を取り戻していた。硬く尖り、床に蜜を零し始める。
 山岡は、どうしようもなく発情していた。


 机と繋がれたままの山岡の手が、フローリングを引っ掻く。口からは不明瞭な呻きが出るばかり。盛りの付いた雄犬のように、山岡は床を相手に腰がガクガクと振っていた。
 持て余す熱に耐えかねて腰を落として陰茎を床に擦り付け始めてしまった山岡だが、彼が本当に刺激を求めている場所はそこではなかった。肛門が、直腸が、酷く主張していた。熱なのか痒みなのか本人にすら判別できない切なさに、彼は情けない声を漏らす事しかできなかった。
「は、はあっ、手、ほどけってえ、ふ、んは、ちくしょ、ううう」
河本は一言も返さない事で要求を棄却した。山岡が自身の欲求にもっと素直であったなら、今すぐ肛門を掻き回させてくれと哀願した事だろう。手が解放されたら真っ先にそこに手が伸びてしまう確信が山岡自身にもあった。先程まで与えられていた河本の執拗な指の抽挿すら恋しい。山岡は、媚薬を試用した受刑者達が「頼むから滅茶苦茶に抱いてくれ」と言った意味を心底理解した。
 菊座の皺が伸びてしまうような太い物を尻に突き入れられたい、肛門を捲り上げる程に激しい抽挿を味わいたい、思い切り腸壁を摩擦されたい。感覚神経がそう訴えて止まない。冷たい床に陰茎を擦り付けるだけの刺激では、満足できないどころか余計に飢えていく。
 切羽詰まった身体は、プライドより苦痛からの解放を選んだ。 
「畜生……抱けよ……抱いてくれ……」
山岡は薬の所為にして恥を捨て、河本に強請った。鼻を啜り、揺れる腰を止められないまま尻を突き出す山岡は、正に負け犬だった。
 
 しかし、河本は甘くはない。
「今チンコ突っ込んだりしたら痒くなりそうだし嫌だわ」
相変わらず突き放した声音で、必死の懇願を容赦無く棄却する。
「それに言った筈だ。脚上げてねえと、ケツメド穿ってやんねえぞって」
「……畜生ッ」
身勝手な理由と共に再確認させられた条件に、一層の罵声を浴びせる山岡。しかし、身体は主人に逆らおうとはしなかった。寧ろ、哀れなほど従順に、おずおずと片脚を上げてしまう。本来ならば知る筈も無かった快楽を教え込まれた身体は、つくづく山岡を裏切った。
 主人に対する罵倒も、自身の浅ましさへの失望も、声になりきらずに唾液と共に顎を伝って落ちていく。

 そして、河本の承認が一層山岡に屈従の悦びを刷り込んでいく。
「良い子だ」
そう褒められた時に与えられるものの充足を知る山岡の身体が、期待で張り詰める。恍惚すら感じながら、山岡は河本の指を受け入れた。
「ンッ、〜〜ッォオ、オッ」
山岡の歯の隙間から、噛み殺し損ねた嬌声が漏れる。たかが指の一本。にも関わらず、その快楽は暴力的ですらあった。過敏になった直腸は、関節の形から爪の厚みまで感じ取らんとするように貪欲にしゃぶり付く。男らしく節張った指の、何と気持ちの良い事か。関節を僅かに曲げられただけで、山岡は悶絶した。
「おお、景気良くイってんなあ」
床を叩く山岡の精液を一瞥し、河本は鼻で笑った。しかし山岡は、自身が揶揄されていると気付く余裕も無く、不明瞭な嗚咽をあげて淫虐に酔っていた。

 処理しきれない刺激に、山岡の手はフローリングの板目に爪を掛けたまま強張る。痙攣し続ける腹筋の所為で、いくら歯を食い縛ろうとも声が漏れる。それどころか、歯を合わせる力すら碌に入ってはいなかった。強過ぎる快楽は、いっそ恐怖をもたらしたが、この刺激が無くなってしまう方が余程恐ろしかった。自らを慰める手を縛られたまま放置されでもしたら、渇きで死んでしまうのではないかとすら思わせた。
「脚、下がってきてるぞ。もう良いのか?」
「や! ァアッ、やだっ……いやだっ、はひ、おおおっ」
気が付けば、尻に咥え込んだ指がより悦いところに当たるよう腰を振りたくっていた山岡。確と片脚をあげていられないのであれば指を抜くと脅され、震える身体に鞭打って再び脚を上げる。意図しない脚の開閉に釣られて咥え込んだ指の位置が不意に変わって、体が戦慄く。山岡は背を反らして、また射精した。

 河本の指が悪戯に抜かれ、開閉運動の止まらない肛門のすぐ入り口を浅く擽るように突かれたかと思えば、指の本数を増やされて奥まで暴かれる。前立腺に指の腹を当てられては小刻みに刺激を与えられ、山岡は悲鳴じみた嬌声を上げて床に頭を擦り付けた。無理やり上げている方の脚の太腿が付け根から痙攣していた。それでも山岡は、脚を下す事などできなかった。
「すげえ吸い付いてくる……今チンコ入れたら絶対気持ちいいだろうなあコレ」
指を食い締めて離さないどころか腸壁全体でしゃぶり付いているのではないかと思わせる淫蕩な歓待ぶりに、河本が感嘆する。
「じゃ、ぁっ、いれろよぉッ、ちくしょ、あっ! ヒッ、あああっちくしょっああああっあっあっ」
前立腺を揉み込まれ、山岡の非難は悲鳴に代わる。またしても彼は指だけで射精を迎えた。吐精の間隔が明らかに短くなっている。端から射精の余韻など許されてはいなかったが、絶頂の波が引く前に次の大波が来るようになり、常に達している感覚が山岡の身体を苛んだ。
 連続的な排出を繰り返す内、精液は薄まって潮と判別が難しくなっていく。脚を上げて陰茎から絶え間無く汁を滴らせる様は、正に雄犬の放尿そのものの滑稽さだった。
「んんうううっ、ひギッ、イッ、はひっ、イぐっ」
「はは、ひでえ声」
破壊的な多幸感に支配された山岡の脳には、屈辱や羞恥を拾い上げるキャパシティなど最早存在していなかった。

 欲情による猛烈な渇きから逃れる為に、山岡は無心で悦楽を深追いする。拘束された腕には擦過傷ができていたが、些細な痛みなど既に鈍麻していた。尻に笑窪を作って指を咥え込み、中の悦いところを押し付けるように膝や腰を頻りに動かして、山岡は意味を持たない恥知らずな声をあげ続ける。
 獣性のままに悦がる醜態は、まるで白痴。素面の山岡が最も軽蔑するであろう、恥知らずの姿だった。

 いつしか両脚とも床に付けていた山岡だが、河本はもう咎めはしなかった。
 指摘したところで、山岡が人の声を拾って思考するまでの理性をまだ持ち合わせているとは到底思えなかったからだ。
「やっぱりお前は憎まれ口叩いてる方が可愛いわ」
河本は口惜しそうに結論付け、言葉を奪われ反抗的な眼差しすらも失った山岡から指を引き抜いた。刺激を処理しきれていない山岡は暫く痙攣を続けていたが、程なくして完全に気を失い、筋肉の弛緩するままに小水を漏らし始める。
 飼い犬の粗相の始末は飼い主の仕事である。河本は山岡を解放した後も、あらゆる体液で汚れた彼の身体を拭き清め、床と机の掃除をする必要に迫られた。

 夜はすっかり更けている。
 欠伸を噛み殺す河本の足元で、山岡は惨状には不似合な寝息を立てていた。
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