一方通行

【投稿原文 一方通行】

齢百を目前にして祖母が死に、彼女が毎月受け取っては開封もせずに仕舞い込んでいた便箋を遺品整理の為に開けた。それは出稼ぎに行った高祖父が自身の妻に宛てた文だった。銀河を経た郷愁の中で書かれた手紙の郵送期間は、人の平均寿命を遥かに超える。祖母も最期まで祖父の手紙を待っていたのだろう。



【改定 一方通行】

 齢百を目前にして祖母は亡くなった。

 その報せを受けたのは昨日の朝の事で、今日漸く遺品整理の目途が立った。一晩経って皆落ち着いたようで、父も母も手早い動きで屋根裏から床下収納まで遺品をチェックして回っていた。今でこそ満足に暮らしてはいるが、元々相当に貧しかった家なので、相続で揉めるようなものは何も無い。ただ、残された思い出の品を、一等思い入れの深い者へと分配する作業が淡々と行われた。

 社会人になってからは忙殺されて親戚に会う都合も付かずすっかり疎遠になっていたが、忌引き休暇を使って訪れた祖母の家は相変わらずで、懐かしい埃と黴の匂いに満ちていた。
「あーあ、母さんたら。こんなに溜め込んで」
遺品整理に勤しむ母が、大きな缶箱を幾つか引っ張り出してきて、中身を引っ繰り返す。缶箱からは祖母が毎月受け取っては開封もせずに仕舞い込んでいた便箋が雪崩のように出てくる。黴や滲みに侵された物も少なくはない古びた手紙たちを全て箱から出すと、机の上で小山を作った。

 その膨大な量の便箋は、大半が出稼ぎに行った高祖父がその妻に宛てた文だった。僅かだが、更に一代前の夫婦の便箋も混じっているという。私は自身の系譜について殆ど無知だったが、母は宛先を見ただけで何代前の尊属のものか分かるようだった。

 母が一番手前にあった便箋を開け、私に中身を見せる。
『此処は空気が薄いので、相変わらず頭痛薬が手放せずにいる。漸く仕事には慣れてきたが、やはり地球が、お前が恋しい。』
私が生まれる少し前までは貧困家庭の男手は子供を作ったら早々に異星へと出稼ぎに行く慣習があったのだと、昔話のように聞き及んでいた事を思い出す。収入は仕送りではなく、主に政府からの助成金であり、実質的な死亡保険金に似た扱いだった。経済的に余裕のある家へと嫁いだ母のお陰で、私にとっては他人事で済んでいたが、便箋の山を前にすると眩暈がした。
 銀河を経た郷愁の中で書かれた手紙の文字を追う。若い妻や幼い子供と離れて、二度と帰れない遠く過酷な土地で労働に勤しむ祖先の寂寥が、黴と共に鼻腔を蝕んだ。

 速達の料金を払えない貧乏人にとって、異なる銀河の星への郵送期間は人の平均寿命を遥かに超える。
 返信は望めないどころか本当に手紙を届けたい相手に届く事がないと分かっていて、それでもなお高祖父たちは定期的に地球への手紙を認めては郵送していたのだろう。平均寿命を超えて長生きした祖母でさえ、夫の手紙を手にする事は叶わなかったのだから。膨大な量の手紙は一代か二代後の子孫に渡るだろうが、出稼ぎの家系に父と子の思い出などありはしない。
 一方的な思いの集積は、余りにも空虚だった。

 祖母は、最期まで祖父の手紙を待っていたのだろう。祖父の手紙を読み手の居ない紙屑にしないために。



back
top
[bookmark]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -