架空刑務官

 転勤になって二週間が経とうとしているが、海邊は配属された職場に馴染めずにいた。

 それも馴染めないのは人間関係ではなく、業務の方だ。この刑務所が受刑者に課す指導や刑務作業が、どう考えてもおかしい。そう海邊は感じていた。
「んあっ……ひんっあっあっあっ」
「静かにしなさい、114514番」
受刑者が喉を反らせて喘ぐ声が刑務作業室に響き、海邊は思わず肩を竦めた。114514番と呼ばれた受刑者は全裸で壁に手を付いた体勢で、海邊の先輩にあたる刑務官に直腸を探られていた。薄いゴム手袋をした指が、まるで女の性器にするように男の肛門を弄る。
「ごめん、なさ、あぁっ、〜〜〜〜ッ」
114514番は息を切らしながら謝罪の言葉を吐いた。誰が見ても理不尽な叱責だったが、大人しい受刑者は懲罰を恐れて刑務官に諾々と従うのが常だった。
 この刑務所では、刑務作業として受刑者に性玩具の試用及びモニタリングをさせている。その為に、海邊達刑務官は午前と午後の作業前に必ず受刑者の直腸洗浄に不備がないか検める。だからこの状態も海邊以外にとっては見慣れた光景であり、先輩刑務官は平然とした顔でなおも指を抜き差しし続け、受刑者も陰茎を硬く尖らせながら声を我慢していた。

 倫理に反する事をしている。刑務所の秩序を守り受刑者の更生を支援するのが刑務官の仕事だった筈なのに。そんな罪悪感を抱えつつ、海邊も規則に従って割り当てられた受刑者の直腸を検める。
 転職も検討しているが、就職を喜んでくれた恩師の顔が思い浮かんでしまい、彼は未だ踏ん切りを付けられずにいた。
「ひゃんっ」
なるべく丁寧に、かつ事務的に指を入れたつもりだったが、海邊が担当した受刑者も悩ましい嬌声を漏らした。海邊の指を、熱い肛内がゴム手袋越しにギュッと締め付ける。受刑者の背が戦慄いていた。
 指を軽く曲げ、腸壁を辿るように中を検めていけば、受刑者の睾丸が徐々にせり上がってくる。此処に服役する男達の殆どは、そこで絶頂へと至れる身体へと更生してしまう。この受刑者も、もう普通に陰茎を扱くだけでは物足りなさを覚える身体になっているのだ。
「114518番、良し……次……」
海邊はゴム手袋を新しい物に付け替えて、次の受刑者も先程と同様に肛門を割り開く。
 受刑者が屈辱に鼻を啜る音が、彼の耳にこびり付いていた。


 海邊が副看守長に呼び出されたのは、その日の夕方の事だった。
 午後の労働と夕餉を終えた受刑者達が就寝前の余暇を楽しんでいる時間帯であり、彼は報告書を纏めている最中だった。

 「受刑者にナメられてるらしいな、お前」
副看守長は金色の階級章を蛍光灯の下で光らせ、配属されたばかりの看守の不出来に溜息を吐いた。
 高等科研修を終了してその階級からスタートしている彼は、ノンキャリアでヒラ看守の海邊とは片手程しか年齢が違わない筈だが、妙な貫禄を持っていた。看守達を含め誰にもナメられた事が無いに違いない、自信に満ちた双眸が海邊を見つめていた。
 一方海邊といえば、気弱な態度は受刑者に侮られる原因だと言われてはいるものの、この刑務所の方針では同情的になってしまうのも無理からぬ事と思い始めていた。衆人環視の中で尻穴を暴かれ強制的な快楽を与えられて屈辱に泣く男達を、自業自得だと突き放して見る事は難しかった。
 やはり刑務官など向いていないのだと思った海邊は、転職を考えている旨を打ち明けた。
「人事からはウチが適任だって聞いてたんだがなあ」
返ってきたのは、そんな副看守長の悔しそうな声をである。意外というべきか、心外ですらある評価に彼は瞠目した。
「……105893番には会ったか?」
副看守長は暫し思案した後、唐突に切り出した。
「いいえ。噂で聞く程度です」
背中に刺青を負ったヤクザで、懲罰房を出たり入ったりしている屈強な男だと海邊は聞いていた。刑務官は皆彼の事を何かと気に掛けていて、話題に上る頻度は少なくなかった。
「奴に会ってみりゃ、お前も此処でやっていく自信が付くかもな」
副看守長は、自身の進退を決める前にその受刑者に会うべきだと勧めてきた。
 副看守長相手に拒否権など無いに等しく、彼はその晩、予定に無い夜間勤務が割り当てられる事になった。


 105893番の罪状は殺人と傷害、器物損壊だ。凶悪な罪状ではあるが、自首かつ初犯であり、速やかに罪を認め大いに反省をしているとして、刑期は然程長くない。
 尤も、ヤクザの末端構成員である事を鑑みれば、反省していないどころか、幹部の罪を肩代わりして服役しているだけとも取れるのが彼の厄介なところだった。少なくとも、懺悔や反省とは遠い生活態度であるというのが刑務官全員一致の見解だった。
「今週は刑務官の前でわざわざ貸し出した本を破りやがった」
105893番の懲罰房の前で、副看守長が海邊に教える。大人しくしていれば、今頃は仮出所に漕ぎ着けていてもおかしくない筈だが、懲罰房への出入を繰り返しては、出所の日を引き延ばしているのだと。
「しょっちゅう余計な仕事を増やしてくれるが、まあ、憎めん奴よ」
刑務官の夜間巡回は三十分毎であり、本来は無闇に房の中に入る事も無いが、副看守長は何の躊躇も無く深夜の懲罰房の鍵を開けた。
 とうに消灯時間を過ぎている筈だが、房には明かりが点いていた。

 海邊の眼に、仁王が映る。
 105893番は房の入口に背を向けてしゃがんでいた。彼の背に宿った仁王尊に睥睨され、海邊は思わず息を飲む。鬼気迫る表情の仁王尊は、男の鍛え上げられた無駄の無い若々しい膚に恐ろしい程に映えていた。それはヤクザ者の威圧より、美術品としての威光が先に立つ出来栄えで、海邊は暫し惚けてしまった。
 しゃがみ込んでいる105893番の奥には、もう一人男が立っていた。元々夜間巡回の当番としてシフトが組まれていた海邊の先輩にあたる看守だった。
「ああ、副看守長。お先に失礼してます」
彼は海邊と副看守長を交互に一瞥して挨拶したが、その制服は着乱れていた。ベルトのバックルは外れ、その下に105893番が跪いて顔を埋めている。
「構わんさ。今日は海邊も混ぜてやってくれ」
看守が105893番に口淫させている状況に己の目を疑った海邊だったが、副看守長は平然と会話を始めた。海邊だけが狼狽えていた。
「見ろ。おしゃぶりが好きなのはこっちもだ」
「んん! んぶっ、」
副看守長は、背を向けたままの105893番の尻を平手で叩き、勝手知ったる顔で割り開いて海邊に見せつけた。そこには結構な直径を持つショッキングピンクの玩具が埋められていた。
「んぐぶっんぐっ〜〜!」
副看守長が肉に埋もれたそれを突付けば、105893番は背をしならせて喘いだが、決して口に咥えた物を離さなかった。

 じゅぱっじゅぱっと唾液が絡む恥知らずな音をさせ、105893番は頭を前後に揺らしては陰茎にしゃぶりついていた。そして、とうとう彼は顔を上げる事無く、看守の放った精を嚥下した。その顔がどう見ても恍惚の表情を浮かべているものだから、海邊は絶句した。
「なあ、可愛い奴だろ」
珍しい玩具を自慢するような声音で副看守長が海邊に同意を求めた。実際、彼はそのような意味でこの受刑者を気に入っているのだから、何の誤解もなかった。
「何だ、お前童貞か? 良かったな105893番は名器だぞ」
副看守長は不慣れ故の小心と判断したのか、海邊に受刑者を犯すよう強く勧めた。105893番は至って従順に、狼狽える海邊に背を向けたまま尻に填めていた玩具を排泄し始める。肛門を捲り上げ、粘液に濡れたショッキングピンクの樹脂がズルリと床に落ちる。それは長大な男性器を象ったシルエットながら、表面には細かい突起を有した如何にも好色なデザインの張型だった。
「このド助平、夕餉の後からずっとコレで遊んでやがった所為でもうトロトロだ」
看守が揶揄した通り、円形に開ききった105893番の肛門は、女のように蕩けて物欲しげにヒクついていた。

 引き締まった男らしい体躯に厳つい彫り物を背負っているヤクザ者が、浅ましく雌の匂いをさせている。そのアンバランスな淫靡さに、海邊の喉が鳴った。受刑者を性欲に塗れた目で見ている自身を認めたくはない海邊だが、彼のズボンは確かに隆起していた。
「なあ海邊。他の務所じゃクソ真面目に職業訓練なんてするが、調理師免許持たせたところで人殺しに刃物持たせるなんて真似させんのは迷惑でしかねえと思わんか? 刃傷沙汰起こした美容師に頭預けられるか? 泥棒にレジ任せられるか?」
副看守長は海邊に言い聞かせるように非情な現実を説く。社会のルールが守れないと国家から箔押しされた者に真っ当な居場所を与えてくれる聖人君子など、そうそう居はしないと。殊に、受刑前から社会からドロップアウトしているようなヤクザ者は、刑期を終えてもまた反社会勢として生きる他にないのだと。確かに再犯率の高さから鑑みれば、更生支援など綺麗事にすら聞こえるだろう。
「オレ、娑婆なんて出たくねえよぉ。兄貴分に殺されちまう……ここでずっと刑務官さんたちの玩具にしてくれよ……」
1058893番が同調して泣き言を漏らす。生娘なら酔ってしまいそうな艶のあるハスキーボイスだったが、幼児のように情けなく、酷く煽情的だった。

 海邊が公僕として培ってきた道徳や倫理が、脆く崩れ去っていく。海邊は105893番の痴態から視線を逸らせないまま、半ば無意識的に欲の開放を求めて制服を寛げていた。

 海邊の怒張したペニスが解放され、外気に触れる。
 彼の平均を遥かに上回る巨根に、皆が目を見張った。人事が見抜いた適正とは、まさにこの事だった。肩越しに振り返って海邊を見た105893番も、陶然と眼を細める。
「ああ……大きい……! カリ太おちんぽ様……」
105893番が感嘆の声をあげた。床に手と頭と付き、発情期の雌猫のように腰を上げて尻をくねらせて強請った。広げられた脚の間から覗く張り詰めた陰茎の先端には金属製のリングが見え、尿道を異物で塞がれている事が窺えた。
「天賦の才ってのもあろうが、こりゃ俺たちが毎夜仕込んだ技能実習の賜物よ」
刑務官二人がどっと笑う。

 海邊は堪らず、眼前の受刑者を罵った。
「……このっ駄目ヤクザっ」
この恥知らずな男が、至って真面目だった筈の海邊を加虐的にさせた。海邊が信じた公僕の道とは何だったのか、真面目に受刑者を案じていた刑務官としての自身が、馬鹿のように思えて仕方なくなっていた。
「おあぁっカリ太おちんぽ様っ! きたぁ……!」
海邊は叩き付けるように105893番の尻に腰を打ち付ける。八当たりめいた激しい抽挿で攻め立てる。揺すられる度、金属の輪で尿道口を飾る105893番の陰茎がリズミカルに跳ねた。
「恥ずかしくないのかっ? 背中の仁王は飾りか? このっ変態ヤクザっ」
泥濘んだそこは、いとも容易く海邊の巨根を歓待する。それでいて、逞しい括約筋が離すまいときつく締め付け、重厚な粘膜が貪欲にしゃぶり付く。正に名器だった。
「ああぁっだめヤクザでごめんなざいいっちんぽっおちんぽ様抜かないでっ」
雄としての機能を封じられたまま、105893番が切ない声をあげる。謝罪を繰り返すが、そこにあるのは反省ではなく被虐の悦びだけだった。105893番の肉欲に蕩けた瞳は、男に組み敷かれる快楽以外に何も見てはいない。

 懲罰房を満たす淫猥な嬌声と共に、海邊の夜は更けていった。


 その日を機に、海邊は転職先探しを完全にやめた。
「え、114518番をその会社が欲しがってるんですか?」
刑務作業の監督を終え、昼食を取りながら雑談をする刑務官達の会話を耳に挟んだ海邊は、思わず声をあげた。114518番は海邊が刑務作業を担当している受刑者である。
「おう。その会社良いモン作ってんだぜ」
114518番を欲しがっているという会社を調べたらしい刑務官が、そこが手掛けているという映像作品を携帯で再生する。逞しい男達に抱えられて電気マッサージ器を陰部に当てられて快楽に泣き叫ぶ美男が出演するアダルトムービーだった。
『おへっじぬっおちんぽゴリゴリぎもぢいい〜〜! じんじゃう! きぼぢよぐでじぬっ』
この刑務所では最早聞き慣れた、淫虐に酔った男の声。刑務作業と似通った風景だった。ここでも刑務作業が職業訓練として確と生きているのだと、海邊は一人納得した。
「何でも早漏の役者を募集してたらしくてな」
「そんでこの前視察に来た時、114518番が目に留まったって訳か」
「すぐビュービュー出して面白いもんなぁ、アイツ」
刑務官達が寄り集まり、口々に受刑者の進路を祝う。

 すっかり気を良くした刑務官達は、景気付けに105893番でも抱きに行こうと海邊を誘う。勿論、彼は断らなかった。
 彼は漸く職場に馴染み始めていた。
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