こんな事でしか

【投稿原文 こんな事でしか】

彼の綺麗なところが嫌いだ。あの凪いだ心は無関心と過小評価の賜物で、整った貌には無表情しか映えない。彼が綺麗であればある程、安価な玩具に思えてくる。
だから彼を蹂躙して肌に青紫の醜い瑕疵を作る。そうすれば彼は苦悶と恍惚が溶けた貌で醜く呻く。
その醜さが唯一、彼を人間に戻す気がした。



【改定 こんな事でしか】

 彼は酷く整った顔をしていて、まるで人形のようだと囃される。全くその通りだと思う。だがもう一つ幼馴染として付け加えるとするなら、彼が人形然としているのは美し過ぎる外見だけではない。至って周囲に関心が薄く何事にも動じず何者にも心を動かす事がないという欠陥も彼を生き物らしからぬ存在に仕立てている。
 思えば彼は小学生の時分、当時クラスで一番可愛いとされていた女の子が顔を真っ赤にして告白した時も眉ひとつ動かさないどころか残酷な無表情で「知ってた」とだけ言って立ち去るという無神経極まる暴挙で女の子を泣かせた事があった。中学では、流石に目に見えて無神経な行動をする事はなくなって愛想笑いも覚えたが、配慮だとか優しさ等というものが芽生えた訳ではなく人を泣かせると面倒だと学んだだけらしかった。
 それが発覚したのは彼が彼女を作った時で、表面上には見えなくなったものの確実に存在する無神経と無関心の積み重ねに耐えかねた彼女から「頭がおかしい」と罵られていた。此方も彼の幼馴染として彼女に何度か相談を受けた。きっと私の事なんて好きじゃない、表情は作り笑いと無表情だけ、何にも執着しない。と嘆いた彼女は此方と全く同じ見解で、同情したというよりも御明察という感心の方が勝った。遂に別れ話を切り出されたファミリーレストランで予想通り何の執着も無く「じゃあ別れよう」と快諾した彼は、泣き喚く彼女に頭からお冷を掛けられていた。彼女に来るように頼まれてファミリーレストランの隅の席で見ていたからよく覚えている。憤りを露わにした鬼の形相でグラスを掴んだ彼女を至って冷静に見ていた彼の顔を。悲しみと狂気が混じった聞くに堪えない怒鳴り声を涼しい顔で右から左へと聞き流す彼の態度を。彼が顔を歪めたのは、水の冷たさに驚いて目を剥いた時と、とどめの平手打ちを食らって痛みで顔を顰めた時の二度だけだった。誰に撮られたのか校内で濡れ鼠となった彼の写真が出回った。写真に写ったずぶ濡れの彼は頬を真っ赤に腫らして口の端から血を垂らしていたものの何時もの無感情な無表情で、写真を撮られていたと知った時の彼もやはり無表情で、感情そのものが元々備わっていない人形のようだった。そしてひたすら綺麗だった。
 そんな学習を重ねた彼はいつか「彼女じゃなくて良いと言ってくれる女性は楽だ」と気付いた。そして「自分に何かを求めてくる存在は苦手だ」という事も。実際に彼は恐ろしい程に整った顔立ちで模試でも目立った成績を残す程度に頭も良かったから、彼女という存在でなくとも彼を至る所に連れ回し彼の至る所を触りたがる女達は多かった。その女達にとって美しい彼はブランド品のバッグと同じで、そしてセックスフレンドだった。彼女達は彼を本物の人形のように見せびらかして弄り回して楽しんだ。しかしそれでも彼は頻繁に女達から愛想を尽かされた。振るのは常に女達からだった。寧ろ彼が人を拒んだところは誰も見た事が無いという。轡を噛ませて麻縄で縛って鞭で叩く事を二言返事で了承したと聞いた時は、きっと心中を持ち掛けられても断らないのだろうと思った。関心が無いのは周囲に対してだけではなく自身に対しても同じだった。実際に心中を持ち掛けられた事は無いらしいが、生粋のサディストの相手をしてベッドの上で首を絞められた事はあるらしく翌日から首に心霊写真で見るような手形の痣を付けていた。そのサディストにも数カ月で愛想を尽かされた。従順で言えば可能な限り要望を応える彼が見限られた理由は至極簡単で、反応に乏しい事だった。怯えもしなければ期待もしない、言わなければ動かない木偶の棒は彼女達の人形としても出来損ないだったという事だ。
 そんな痴情を聞く度に胸を過るのは非難の感情よりも落胆だった。或いは彼女でなくとも彼に好き勝手触れられる権利を持った者達への嫉妬。無表情と作り笑いしかバリエーションの無い彼が、痛みに呻いて眉根を寄せて痛みに顔を顰めるのを想像した。所詮生理的な苦痛の表情に過ぎなくとも、あの状態が一番生きている者の姿をしていて、それを作り出す権利を持った者達を酷く羨ましく思うようになった。
「付き合おう」
そう言ったのは彼が何度目かにアブノーマルな鬱血跡を拵えているのを確認した時だった。付き合うのは苦手だとか面倒だとかの返答が返る前に、過剰な嗜虐癖故に恋人は愚かセックスフレンドすら出来ないのだと嘯いて丸め込んで、あの女達と同様の権利を手に入れた。漏れ鍋に綴じ蓋だと言ってみせれば考える様子も無くそうかもねと適当に肯定してみせた。此方の友人に問えば以前恋人が居た事は簡単に分かるだろうし、その恋人に聞けば此方が異常性癖など持ち合わせていない事が知られてしまうだろう。しかし彼はそんなことは確認しないと確信していた。彼とは誰よりも長い付き合いだと自負しているが、それでも関心が芽生えることはなかったからだ。或いは、此方の虚偽を知っていたとしても追及するほどの興味を持ち合わせていないのだった。
 美しいだけの出来損ないの人形を手に入れた此方が最初にした事は、麻縄で縛って鞭で叩く事だった。轡は噛ませなかった。此方が与えた痛みに呻く声を聞きたかったからだ。彼が整った顔を崩して生理的な苦痛に耐え獣のように唸るのを誰よりも間近で見たかった。異常性癖は無い筈だったが、彼を見ている内にそんな性癖が目覚めたのかもしれない。恐らく、彼がファミリーレストランで頬を打たれて顔を顰めたのを見た時から。彼が唯一人間らしい表情をする瞬間に惹かれていたのだ。
 彼が多くの人々の人形なら、たった一人の為の人間になってほしい。だから彼を蹂躙して肌に青紫の醜い瑕疵を作る。均整の取れた背に真紅の蚯蚓腫れを刻む。そうすれば彼は苦悶と恍惚が溶けた貌で醜く呻く。
 その醜さが唯一、彼を人間に戻す気がした。



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