三親等の血族ですが何か

 違法改造されたバイクが夜闇を裂いて閑静な住宅地に侵入し、白い壁の戸建て住宅のガレージへと停車する。
 バイクの主がフルフェイスのヘルメットを脱ぐと、硬く太い毛質の黒髪に青いメッシュを入れた不良少年の貌が露わになった。子供と大人の狭間の甘さと渋さが同居する顔立ちは精悍だ。防犯用に設置されたセンサーライトに照らされ、彼の耳を飾る幾つものピアスが煌めく。少年は玉砂利の敷かれた敷地にも無遠慮に足を踏み入れ、玄関のドアを開ける。
「お帰り、アキラくん」
煌々と明かりの点いたリビングから、天然のウェーブがかかった軽やかな頭髪をふわりと揺らして線の細い中性的な青年が迎え出た。
「寝てろよ鬱陶しい」
アキラと呼ばれた少年は不機嫌に拒絶した。壁掛けの電波時計の針は深夜の二時を回っている。寝て然るべきと言う少年の言葉は正論ではあったが、この時間に漸く帰宅した自身の事をすっかり棚に上げていた。

 アキラと呼ばれた少年、亜門 明は、背の丈こそ大人と変わらない程度に立派だが、まだ現役の高校二年生だ。腰で履いたジーンズの尻ポケットからウォレットチェーンを垂らし、眼が合う者皆射殺さんとするかのような仏頂面をした、典型的非行少年である。そんな彼の最近の日課は猥雑な繁華街に繰り出してはゲームセンターを荒らし、高架下に落書きを施し、他所の非行グループと衝突したり警官の厄介になったりといった具合だった。
「でも、あんまり帰りが遅いと心配しちゃうから……」
青年は柳の葉のような眉を下げて、頼り無く弁解する。これではどちらが誹られるべき立場か分かりはしない。そんな遣り取りに亜門は益々苛立った。
 亜門より年上だというのに威厳の欠片も無いこの優男は、大学生か精々新社会人にしか見えないが、亜門の叔父である。おまけに、先日も警官に補導されて保護者を呼び出されたばかりで、顔を合わせるのが気まずいのだ。
「そういうのが一番ウザいんだよ」
亜門はそう言って、彼を躱す。そんな一方的で自分勝手な文句に心底申し訳無さそうに謝罪が返ってくるのだから、舌打ちがまた一つ亜門の口から零れた。
 威嚇にすら聞こえる舌打ちを咎める事もなく、叔父は更に世話を焼こうとする。
「今カレー温めるから、先にお風呂入ってきてね」
生意気な態度を怒られる事や深夜徘徊を咎められる事よりも、亜門は彼のこの態度こそが一番苦手だった。距離感を計りかねるからだ。
「要らね、コンビニで食ったし」
そう言い捨てて、亜門は風呂場に逃げた。


 亜門が叔父と暮らすようになったのは、彼が中学に進学して間も無い頃に交通事故で両親を亡くしたからだ。
 相手側の過失は簡単に証明され、遺された亜門には莫大な慰謝料を手にしたが、当時から腕白で頑固な生意気さの目立つ子供だった亜門を引き取ってくれる親戚は中々見付からなかった。そこで名乗りを挙げたのが、叔父の尾瀬 朝来だった。尾瀬は亜門の母の旧姓である。彼は亜門の母とは七つ歳下の弟であり、亜門が幼い頃はよく遊んでもらっていた間柄ではあるらしいのだが、母も父も兄弟が多かった所為か幼少期に接した大人の顔など朧気である。まして朝来は、亜門の物心が付く前に小説家になると上京したきり実家を疎かにしており、親戚としての付き合いも途絶えているに等しかった。
 そんな朝来が亜門を引き取ると言い出した時、周囲は売れない小説家が遺産を目当てにしている違いないと懸念していた。しかし実際、朝来は親戚が懸念するよりは売れているらしく、金に困っている様子は無く、月末には決まって亜門に小遣いをくれた。授業参観にも似合わないスーツを着て顔を出した。執筆中の原稿の締め切りが近いと書斎に籠りきりになる事を除けば、朝来は保護者としての役割を充分に果たしていた。
 けれど亜門は、母親とは似ていない上に保護者として若過ぎる外見の叔父に対する不安と動揺を払拭出来ないでいた。四十九日を過ぎても、不意に両親を奪われた喪失感は消える事がなければ、変わってしまった生活環境に順応する為に割く精神的なリソースも無かった。
 急降下してしまった学業成績は受験期になっても回復せず、亜門は不良の掃き溜めのような男子高校に入学した。悪事もそこで覚えた。同窓の様々な理由で家庭に寄り付こうとしない不良連中にシンパシーを覚え、彼等と連むようになったのだ。新たな居場所を構成するように時代遅れにもカラーギャングの真似事をして、チームで揃いの青色を身に付けたり、街を青色のペンキやスプレーで汚して回った事もある。亜門の髪に幾房か入っている青のメッシュも、所属意識から染めたものだった。

 亜門の目に見える非行を、朝来は怒らない。
 大人達が揃って眉を顰めるファッションも、似合っているよと笑うのだ。器物損壊の事案で呼び出されたり被害額を請求されたりするのも一度や二度では無かったのに、朝来は亜門を責めるどころか破壊衝動と反骨精神に理解を示す素振りを見せるのだ。亜門の周りの非行少年達は、そんな家庭環境を羨ましがりはするが、亜門自身はそれが歯痒かった。
 歳の近い親というよりも歳の離れた兄のような外見の朝来を父と呼べないと拒絶したのは中学生の亜門だ。朝来は早過ぎる両親との離別に苦しむ亜門の気持ちを汲んで決して父親面をしなかった。けれど、亜門が思春期を迎えた辺りから、この態度は責任の放棄ではないのかと空々しさを覚え、唯一の家族である叔父との距離を計りかねたまま反抗期に突入してしまった。
 朝来が自身の面倒を見ようとすれば、子供扱いに腹虫酸が走る。反抗を容認すれば、見放されたようで気分がささくれ立つ。理解を示す素振りを見せれば、同情されているようで惨めで腹が立つ。かと言って、話し合わんとする姿勢を取られると、それはそれで今更何をしようと言うのだと憤りが沸く始末。八方塞がりの反抗期だった。
 それだけ朝来と反りが合わない事を自覚しつつ、迷惑をかけている事を自覚しながらもこの家を離れない自身の弱さにも、亜門は嫌悪を抱いていた。朝来を鬱陶しく思いつつも、衣食の足りた住居も上げ膳据え膳の尽くしてくれる都合の良い保護者が居る環境も、亜門は捨てられなかったのだ。邪険にしている人間から労力と金銭を絞り取っている己の卑劣さが浮き彫りになるのが悍しくて、亜門は朝来の顔を見るのが怖かった。


 亜門は風呂から上がると、叔父との会話を避けて髪も濡れたままリビングを突っ切り、自室に引き籠る。速足で通過したリビングには仄かにカレーの匂いが残っていて、亜門は眉を顰めた。朝来の作るカレーは蜂蜜たっぷりで、亜門はその辛さの欠片も無い幼稚な味付けが苦手だった。
 随分遅くなった就床に、亜門の意識は早くも夢へと溶けていく。


 夜更かしの反動で遅くまで寝ていた亜門は違和感で眼を醒ました。
 朝勃ちした自身の股間の熱と、それをを弄る生き物の気配。粘着質な水音が耳に入って、亜門の意識は一気に覚醒した。
「ほはよぉ、アヒラふん」
鍛え上げられた腹筋の力のままに勢い良く上半身を起こした亜門が見たのは、自身の股間に吸い付く叔父の姿だった。その上に、彼はあろうことか大きめのティーシャツ一枚で、下半身には何も纏わない格好だった。亜門の緩く勃起した陰茎を咥えたまま、朝来は呑気に朝の挨拶をした。亜門と眼を合わせたのはそれきりで、また粘着質な音をたてて、朝来はフェラチオを続行した。
「お、おい! テメッ、ちょ、ウソだろ!?」
まさか同性に、しかも保護者にそんな事をされるなどとは夢にも思っていなかった亜門は正気を疑った。そんな事があってはならないと悪夢の類である事を願う亜門だが、股間を包む熱も不本意にも引き出された快楽も、紛う事無く現実である。ずり下ろされた自身の寝間着代わりのスウェットを引っ張って、露出した陰部を隠そうとする亜門だが、起き抜けの握力は弱かった。自堕落な不良生活に浸っていた所為か、彼は朝に弱かった。
 暴れて朝来を退かそうとするも、覚醒しきらない身体への鮮烈な快感に腰が抜けていた亜門の動きはどこか緩慢である。やめろとヤンキー特有の低く凄みのある声で恫喝しても、日頃から亜門の非行行為をのらりくらりと容認してきた叔父が相手では効果が無かった。
 激しく動揺する亜門を他所に、鼻が叢に埋まるのも厭わず陰茎を喉の奥まで深々と咥え込んだ朝来は、頭を激しく上下させた。ジュポッ!ジュボッ!とはしたない音をさせて、彼を更に追い詰める。保護者と子供という関係が、淫猥な音をたてて崩れていく。
「出る! やめろっ離せ、頼むから!!」
射精寸前まで追い詰められた亜門は、力の入らない手で朝来の頭を掴んで制止を訴える。確かな性感とは裏腹に、何も言わず性を蹂躙する叔父にただならぬ恐怖を感じていた。朝来のそれは獲物に食らい付く獣のような勢いで、人間の理屈や言葉など通じないのではないかとすら思わせた。
「……やめろよ、まじで」
亜門の睾丸は上方へと収縮し、太腿は痙攣し射精の兆しを見せる。けれど、理性がそれを拒んでいた。奔放に出歩き問題行動を繰り返す亜門だったが、所詮は高校生。しかも殊に性に関しては硬派だった。反骨の精神を忘れて慈悲を懇願する。
 亜門は初めて叔父を恐ろしいと思った。

 亜門の情けない鼻声に反応したのか、朝来は亜門の性器から口を離した。射精間際まで追い詰められていた張り詰めた陰茎が、外気に触れてぶるりと震えるのを感じながら、亜門は大きく息を吐いた。異常に上昇した心拍数を感じながら、胸を上下させて浅い呼吸を繰り返す。
 真顔でも微笑んでいるような印象を与える朝来の形の良い唇は、自身の唾液と亜門のカウパーで濡れ、カーテンの隙間から洩れる日差しを受けて照っていた。それが亜門の眼には酷く淫靡に見え、居た堪れない気持ちを助長させた。
「おかしいだろ……おかしいって……」
動揺の為に上手く言葉が纏まらない亜門が、少ない語彙で朝来の凶行を詰る。亜門にとって朝来は、威厳を感じていなかったと言えど母親と七つ違うだけの年上の大人なのだ。それも全く性的に意識した試しの無い同性の保護者だ。いつも朗らかに微笑を湛え、甲斐甲斐しく世話を焼き、度の過ぎた我儘を受容していた。そんな亜門の中の人畜無害そのものな朝来のイメージが崩れ去った今、叔父は亜門にとって他人よりも遠い未知の存在になり果てていた。
「おかしくないよ。アキラくんは僕の事を親として認められないんでしょう? じゃあ、僕たちが家族になる方法は一つだけ。全然おかしくないよ」
朝来は昨夜と同じような優しい声音で、子供をあやすように甥の硬質な髪を撫でて諭す。その態度は蜂蜜のようにどろりと甘い。その場違いな甘さに亜門は眩暈を覚えた。エキセントリックと形容するよりもサイコと言った方が適切ではないかと思われる程に、朝来と人の世の常識は噛み合わっていない。
「僕がアキラくんの家族になるから、もう寂しくなんてないから、ね?」
祖母の特徴を色濃く受け継いだ母とは似付かない、叔父の柔和な印象を醸す顔が場違いに綻んでいた。

 亜門はその言葉に息が詰まった。
「親に思えないっつったのは、俺だけど……」
叔父の凶行と幼かった自身の失言が結びついいて、亜門は言葉を濁す。叔父の好意に胡座を掻き、我儘放題だった己の行動の結果が招いた事態だとするならば、こんな状況下でも罪悪感が込み上げる。
「ごめん……その、朝来さん……」
周囲を省みない自身の態度が叔父を壊してしまったのではないかと、責任を感じて謝る亜門。今まで男手一つで育ててくれた若い保護者の負担を考えると、自身の過ちをが重く伸し掛かってくる。
「ふふ、アキラくんはやっぱり優しくて良い子だねぇ」
朝来は下がりがちな眼を細めて、悔恨に打ちひしがれる亜門の優しさを褒めた。
「僕はアキラくんがとっても優しくて良い子だって、昔から知ってたよ」
「お、おい」
優しい口調で話していた朝来の手が、亜門の股間に伸びた。柔和で美しい顔とはまるで別の生き物のように、人差し指が悪戯に亀頭を滑って、尿道口を擽る。よしよし、なんて言い出しそうな手付きで、亜門の股間が撫で回される。
「だからアキラくんと一緒に暮らせて幸せだよ。家族になれたら、僕はもっと嬉しいなぁ」
口淫を中断されて折角収まりつつあった股間の昂りが、手淫によってまた膨れてく事に亜門は焦りを覚えた。母親の実弟と性行為に興じるというタブーに対する悍しさが背骨を駆ける。しかし、芽生えた罪悪感の為に叔父を突き飛ばす事も出来ず、亜門は歯軋りして低く唸った。

 他人に触られた経験が無かった所為か、性に過敏な年頃の所為か、亜門のそれは簡単に勃ち上がってしまう。それを認めた朝来は、緩慢に立ち上がると脚を開いて、亜門に自身の菊門を見せつけた。そこは排泄器官と言うよりは性器の代替器官と言うべき様相を湛えており、亜門は思わず目を瞠る。既に柔らかく綻びた孔は、用意周到にも粘性のある液体を滴らせ、情交を求めてヒクついていた。
「ねぇ。叔父さんのココ、アキラくんと繋がれるんだよ……アキラくんが寝ている間に念を入れて解しておいたもの。準備万端だから、思春期のカチカチなチンチンでもずっぷり入っちゃうからね。よぉく見てて……」
そう言うや否や、朝来は菊座を亜門の陰茎に宛てがい、ゆっくりと腰を下ろした。朝来の柔らかな肉が割り開かれ、宣言通りに亜門の硬い陰茎を飲み込んでいく。亜門を難無く受け入れるその肉は、酷く柔らかかった。しかし腸内はきつく、搾り取るような動きでペニスに吸い付く。離すまいと肉棒に絡みつく狭さと、蕩けてしまいそうな滑りと柔軟性を併せ持つ朝来のアナルは、正に名器だった。そんな朝来の蠢く直腸の襞に経験の浅い男性器が翻弄され、亜門は息を詰める。陰茎が溶けてしまいそうだった。
「ぅぐ、ううっ」
堪えようと歯を食いしばるのも虚しく、亜門は呆気無く叔父のアナルで果てた。
「ふふ、アキラくんの精液が、お腹の中にビュービュー出てる……おチンチンがまだビクビクしてるね……」
射精の快感に腰を震わせる亜門に跨ったまま、朝来は恍惚の表情で笑う。

 可愛い、と甥の初めての中出し体験を奪った朝来は放心気味の亜門の額に唇を寄せた。亜門は射精後の脱力と罪悪感で、叔父を振り払えなかった。それどころか、若い身体は新たに知ってしまった快楽に惹かれてすらいた。
「叔父さん、もっと頑張るからね」
アキラくんもまだまだ足りないでしょう? と舌舐めずりをして、唯一身に纏っていたティーシャツを脱ぐと、朝来は騎乗位の態勢で腰を振り始めた。ヌッチュヌッチュと淫猥な音をさせながら、朝来の身体が緩慢なリズムで弾む。曝け出された朝来の上半身は、在宅の仕事に就いている三十代後半の身だというのに全く無駄が無い。女性のような柔らかさとは縁遠いものの、豹のようにしなやかで美しい身体が快楽を求めてくねるのは、煽情的としか言いようがない。日焼けを知らない胸部の頂点を、ツンと立った乳首が飾っている。
 亜門は思わず、クソッ!!と吐き捨てた。
「エロいんだよアンタ!」
興奮を妨げるには僅かばかり力の及ばない倫理感を言葉と一緒に吐き捨ててしまった亜門。一回り以上年の離れた身内の男の身体で興奮し悦楽を感じている事を認めてしまえば、若い身体は容易に肉の悦びに流された。性的な衝動に負けて、亜門は叔父の細い腰を掴んで突き上げ快楽を追う。
「あっああ〜!下からっズンズン、されるのイイ!イイよぅ!! 突き上げられて、おかしくなるっ、あっあんああっ、アキラくんのおチンチン、奥まで来てるぅ」
亜門の積極的な参加に朝来は悦んだ。激しい突き上げに身悶え、舌を出して恥も外聞も無く悦がって亜門の陰茎を殊更締め付けた。イっちゃう、という自己申告と共に背を震わせ絶頂を迎えた朝来は亜門に被さるように倒れ込む。
「いつまでも、乗っかってんじゃ、ねえ!」
「ひゃんっ」
朝来が倒れ込んだ事で本茶臼の体位となっていた二人だが、マウントを取られたような態勢が気に食わない反抗期真っ盛りの亜門が朝来をひっくり返して抽挿を再開する。達したばかりだというのに容赦無く甥に圧し掛かられ、朝来は発情期の雌猫のような声をあげて悦がった。
「ああんっ、アキラく、嬉しっ、叔父さんにもっと頂戴っ! あっあんっ! イイ!! イイよぉっアキラくんのおチンチン、もっとぉ……」
長くしなやかな脚を亜門に絡めて、朝来は淫蕩に強請る。文を紡ぐ事を生業にしている人間とは思えない、下品で支離滅裂な言葉が引っ切り無しに口から唾液と共に零れ出ていた。
 喘ぐ朝来の声に負けじと、亜門が尻に肉の欲を叩き付ける。パンパンと小気味良い音を部屋に響かせて腰を打ち付ければ、泡立ったローションがシーツを汚す。更に朝来が直腸への刺激だけで潮を噴くので、亜門のスウェットもすっかりと濡れていた。しかし、結合の快楽を貪る事に夢中な二人は構わず絡み合う。
 殆ど無意識的に二人は舌を絡めた。生臭い唾液の味に亜門は朝来の口が自身のペニスをしゃぶっていた事を思い出したものの、口腔を埋める快楽に流され、舌を吸うのを止めなかった。

 亜門は再び、朝来のアナルに精を放った。


 性欲が落ち着くと、射精後の倦怠感と罪悪感が亜門を襲う。
 そんな亜門を他所に朝来はティッシュで体液を拭うとさっさとシーツを片付け、日常に戻って行ってしまったのだから、取り残された者の虚脱感はひとしおであった。叔父とのセックスの罪悪感は自慰の比ではなく、亜門は栗の花とも烏賊ともつかない青臭い匂いの残った部屋で消沈する。

 亜門の脳裏に過るのは、朝来に引き取られた時の事。
『わあ、アキラくん凄く大きくなったね。叔父さんのこと、覚えてるかな』
幼い頃に構ってもらっていたという記憶もとうに埋没している亜門にとっては初対面も同然の顔合わせの日、身を固くしていた亜門に喋りかける朝来の能天気なまでに朗らかな声。思えば当時から朝来は親戚と比べるまでも無くエキセントリックな人だった。母親の実弟と言えど懐かしい面影を感じさせない若過ぎる保護者に警戒を解けない亜門に、寂しそうに笑う朝来の貌。朝来が言うには、ランドセルを背負う歳よりも幼い頃の亜門が、当時大学生だった朝来が文学の道に進む背中を押したのだと言う。その恩を返したいと言われても、記憶に無いのだから亜門はただただ居心地が悪かった。
『好き嫌いが無いなんて、アキラくん偉いね』
独り身特有の雑な家事しかしてこなかった朝来が栄養や彩りなどを気にして四苦八苦しながら食事を拵える姿。本当はピーマンが嫌いだったのに遠慮して言い出せなかった亜門を大仰に褒めるものだから、ついぞ好き嫌いを言い出せなかった。もう中学生だと言うのに、汁物に入れる人参をクッキーの型で星形にされるのは、侮られているようで好きではなかった。基本的に薄味の和食中心に作ろうとしていた朝来の料理は育ち盛りの亜門には物足りず、ジャンクフードに傾倒した時期もあった。不満は表明すればそれなりに改善される事を知ったのは、高校に入ってからだ。『いつまで幼稚な飯作ってんじゃねえ』だとか『糞ダセェ和食とか薄味過ぎて食ってらんねえ』だとか、朝来を傷付ける目的で言った言葉だったけれど、朝来はそれすら受け入れていたのだった。
 いつだって朝来は亜門に耳を傾け、手を伸ばしてきた。それを拒絶するのは亜門の方だった。


 やがて、ご飯が出来たと呼ぶ朝来に呼ばれ、半ば放心した状態の亜門はリビングに足を運んだ。
 昨夜のカレーを温めたものだと察していたが、亜門は文句を言わなかった。もし良好な家族関係を築けていたのならこのような拗れ方をしなかったのではないかという仮定による悔恨と罪悪感が亜門の胸に過っていたからだ。
「アキラくんとこうやって差し向かいでご飯食べるの久しぶりだね」
朝来の雑談にぼんやりと相槌を打ちながら、亜門は辛みの遠いカレーを口に運んだ。
「あのさ朝来さん、俺もう高校生だし……こんな甘いカレー作んなくていいから」
本当は一人で暮らす事を提案しようと思った亜門だが、これ以上朝来に拒否を示すのは良くない気がしてそう言った。
「そ、そっか! アキラくん辛いの平気なんだ……叔父さん辛いの苦手だから、今度から別鍋で作るね」
「いや、もう飯くらい自分で作れっから」
「そっか、そっか」
久しぶりのまともな会話と甥の成長ぶりを素直に喜んで頷く朝来。その一方で、亜門は初めて朝来の苦手な物を知って驚いていた。如何に朝来が亜門に合わせていたのかを悟ると同時に、亜門自身が朝来をおざなりにしていたかを思い知らされ、また罪悪感がチクリと胸を刺した。


 そうして、逃げ出すタイミングを失い、拒む気概も奪われた亜門は、叔父と同居を継続してしまった。そして、肉体の関係も、この日限りではなくなった。

 昼の朝来は献身的な叔父という態度を変えなかったが、夜になれば甥の性器にむしゃぶりつく雌になった。鼻の下を伸ばしてバキュームフェラに励み、若い勃起に跨って尻穴で頬張る姿は淫乱そのものだった。
「ああっ叔父さんのアナル、アキラくんのおチンチンの形になっちゃう! アキラくんの形っ、覚えさせてぇっ」
「も、とっくに覚えてんだろ、ヘンタイ野郎ッ!! 甥っ子のチンコで喜びやがって! どうせ仕事でもエロいのばっか書いてんだろっ」
最初こそは母の実弟と交合する事に罪悪感を感じていた亜門も、朝来の与える快楽に流され近親と言えど交配ではないのだと開き直り肛門での性行を愉しむ事を覚えてしまっていた。後背位で尻を責めながら淫らな尊属を罵るのは、ある種のカタルシスがあった。
「やっ、書いてないッ、そんな仕事、シてなっ」
職業人としても貶められて、朝来は嫌々と首を振ったが、その珍しい態度が亜門の加虐心を喜ばせた。嘘を吐くな変態作家! 亜門は朝来の白い尻を叩き、腰を殊更強く激しく打ち付けた。
「やあぁっお尻っ叩かないでっ!! パンパンだめっ、お尻ジンジンしゃちゃっああイイッ! イイよぅっ、叔父さん、座る度、おしりジンジンさせてアキラくんのこと思い出しちゃうっ」
仕事が手に付かなくなってしまう、と情けない悲鳴と共に朝来は潮を噴いて絶頂する。
 二人はほぼ毎晩、近親の営みに興じた。

 そんな歪んだ近親相関生活に浸っていた亜門だが、高校卒業を期に朝来の下を離れた。
 近親相関に順応したものの自立をせねばという危機感があった亜門は、高校三年に進級すると共に髪を黒一色に戻し、非行グループと距離を置いた。そしてどうにか地元の社員寮付きの職場へ高校の推薦で就職し、朝来の家を出ていったのだった。

 異常な叔父の下を離れた亜門の生活は快適だった。
 元々顔の良い亜門だ。男子校から脱すれば自然と彼女もできた。同僚ではなく、提携する会社に派遣されている三つ年上の女性だった。亜門と同様にやんちゃなところがあり、人目を盗んで女人禁制の男性社員寮に訪れる事も一度や二度では無い豪胆な人だった。バイクという共通の趣味があり、食べ物の好き嫌いも合う。些細な喧嘩こそするものの関係は良好だった。
 寧ろ、亜門にとって喧嘩をしても真っ向から意見をぶつけてくる彼女の健全さこそが好ましかった。こうして建設的に歩み寄る事で健全な家族というものができるのだろう、とすら亜門は夢想していた。
「明さあ、そんなに私のこと好きじゃないよね」
だから、彼女の言葉は亜門にとって酷く衝撃的だった。同棲するアパートの下見をする筈だった日の朝、彼女は静かに破局を宣告した。
 どうしてそう疑ったのかと亜門は聞かなかった。彼には一つだけ好意を疑われる心当たりがあった。勃たないのだ。
 彼女を好いていたのは本当だが、彼女で勃起する事が出来なかったのだ。彼女との初夜で中折れして以来、愛する事は必ずしも肉体関係を含む事ではないと折り合いを付け、プラトニックな付き合いを継続していたのだ。しかし、愛情と肉欲は相関しないと思っていたのは亜門だけだったらしい。
「やっぱり私は子供が欲しいから。アンタとはやっていけないと思うんだよね」
亜門は食い下がるが、彼女の願望の吐露によって、反論も愛の言葉も無力になってしまう。そう言われては追い縋れもしなかった。彼女は嘗て亜門から貰ったネックレスを首から外し、放心状態の彼の手に握りこませるようにして返した。
「実際アンタは私じゃない人が好きなんだよ。いつも誰かと比べてる」

 その日、亜門はずっと抜け殻のように呆然としていた。


 亜門は彼女の何もかもを好ましく思っていた。料理の腕も、味付けの好みも、趣味も、態度も、倫理観も、自身と合っていると感じていたからだ。だが果たしてそれは何と比べて亜門自身に合っていたのだろうか。無意識に作っていた比較対象と言えば、一人しか浮かばなかった。朝来だ。
「何なんだテメエは」
亜門は吠える。憤りに任せてバイクを飛ばした先は、離れて久しい朝来の家だった。
 反抗期の盛りに戻ったように無遠慮なエンジン音を響かせて、閑静な住宅地を突っ切り、亜門は白い壁の戸建て住宅のガレージへ突っ込んだ。叔父の朝来が好き。そう断定するのは悍ましく、あまりに違和感があったが、少なくとも亜門の無意識下では同棲の約束をした彼女と同じ枠にカテゴライズしていたのだった。そして、更に悍ましい事に、亜門は朝来では勃起するのだった。

 「テメエの所為で! テメエの所為でっ俺は!」
亜門は久々の来訪を快く出迎えた朝来を玄関で組み敷いて、説明になっていない言葉で詰った。
「ふふ、お帰り。アキラくん」
朝来は恐ろしい程に動じず、亜門の慟哭を受け止めた。自分よりもガタイの良い甥にマウントを取られたまま、硬いフローリングに頭を預けた状態でなお、昔と変わらぬ朗らかな笑みを見せる朝来。その危機意識の欠如ぶりに空恐ろしさを感じた亜門だが、元より倫理観も含め色々と抜けている叔父に懐かしさすら覚えていた。
「僕の所為で? どうしたのアキラくん。オナニーの仕方忘れちゃった? 女の子マンコじゃ物足りなくなっちゃった? 辛いカレーが食べれなくなっちゃった?」
矢継早に質問を繰り出しながら、朝来の手は亜門のベルトのバックルに伸びていた。
「うっせえ、カレーは食える」
「そっか、そっか」
朝来の声はいつになく嬉し気であった。既に亜門の陰茎は混沌とした興奮に煽られて居た所為か勃ち上がっており、ジッパーを下げると勢い良く顔を出した。亜門の怒張から迸る粘液が、朝来の白くて細いペン胼胝の目立つ中性的な指を汚す。
「アキラくんは好き嫌いの無い良い子だもんね」
朝来は右手の人差指と親指で作った輪で、ヌチヌチと粘着質な音をさせて亜門の陰茎を扱く。良い子というフレーズが気に食わない亜門が反論に口を開く前に、朝来は言葉を紡いだ。
「苦手なピーマンだって頑張って食てくれたし、甘口のカレーにも付き合ってくれたもの。アキラくんはとっても良い子。良い子だよ」
まるで洗脳のように、良い子良い子と優しい声で褒められ、亀頭を撫でられる。セックスレスだった日々が嘘のように、亜門の陰茎は硬く滾っていた。
「そんなの、別に」
良い子って訳じゃない。そう突っぱねようとした亜門だが、身体からとろとろに蕩かされて、言葉が掻き消えた。直接的な快楽に真っ当な判断力は希釈され、手放しの賛辞の心地良さに亜門の睾丸がキュンと収縮した。
「いいこ、いいこ」
亜門は叔父の甘やかし放題な手コキで射精した。
「……くそっ」
それだけでは収まりが付かない亜門は、朝来の衣服を引っ張り下ろし肛門性交も求める。慣れ親しんだアナルの感触を思い出して、亜門の精を放ったばかりのペニスにまた血液が雪崩込む。
「叔父さん、今、お尻はちょっと、っひうっ!?」
淫乱な叔父が狼狽える物珍しさに煽られた亜門は益々その気になり、性急に朝来を俯せにひっくり返して菊門に武骨な指を差し入れた。勝手知ったる叔父の尻と言わんばかりに、腸壁を掻き回す指を増やす亜門。焦る声とは反対に、菊門はヒクつき亜門の指を歓待する。それに気を良くした亜門は懐かしのアナルへ自身を潜らせた。
「うぐぅっ」
朝来が圧迫感に呻く。締まり良いというよりも、肛門に押し入った異物を排斥するような窮屈さに、亜門の眉が寄る。その苦しさは随分と肛門が性交に使われていない事を物語っていた。その様子に妙に嬉しいような満足した心地を覚えている自身が気恥ずかしく、亜門は無言で腰を打ち付けた。
「んぐ、ん、んっんっ、っふ」
朝来のくぐもった吐息に合わせて、肉を打つ音が玄関に響いた。苦しげだった朝来の声にも、欲情の色が混じるのは時間の問題だった。甘く勃起し始めたぺニスから蜜を零し、朝来が譫言のように言った。
「アキラく、ずっと一緒に居てっ……叔父さん、アキラくんが居ないと、寂しい……」
フローリングに淫靡な水滴が零れた。


 ひと通り欲を吐き出し温い倦怠感に包まれた二人は、床を拭きつつぽつりぽつりと言葉を交わした。
「俺、また此処に住む事にしたわ」
フローリングの人工の木目を見つめたまま、亜門が静かに告げた。一度離婚した夫婦がよりを戻さんとするような、湿った気拙さがあったからだ。
「もう社員寮は退寮手続きしてんのに、同棲する予定だった彼女にフられちまって、行くとこ無えから」
ずっと一緒に居てと強請ったにも関わらず、意外そうな顔をした朝来に亜門が言い訳をする。事実、退寮の手続きはまだしていなかったので、亜門の言い分は照れ隠しのようなものだった。
「そっか、そっか。ふふ、嬉しいよ。叔父さんはアキラくんが居てくれた方が生活に張りがあるからね」
朝来が柔和な笑みで歓迎する。それは亜門が家を出た時どころか、引き取られた時と殆ど変わらない見慣れた笑みだった。老けないだけでなく、笑い方も性格も、朝来は当初から何一つ変わっていないのだ。そう気付いた亜門は、自身だけが彼を図りかねてグルグルと彷徨っていたような気分になった。
「せめて、自分で叔父さんって言うのやめろよ、ちょっと萎えるから」
亜門は一つだけ朝来に不満を吐いた。高校の時分から思っていた事だった。
同居となればまた倫理観を置き去りにした日々を繰り返すのだろう、と諦観とも期待とも言えなくもない予測をした亜門。とりあえず、当面は性交三昧の日々を愉しむ覚悟を決めた。



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