架空雑居房

 収監されて半年が過ぎようとしている俺は、この非常識な刑務所生活にも随分慣れてきた。

 一日の労働を終え、雑居房で歯を磨く。
 ブラック企業に勤務していた時やホームレスだった頃は不健康で当たり前のような感覚ですっかり麻痺していたが、刑務所で暮らしていると健康である事は重要だと身に染みる。此処ではちょっとやそっとの体調不良は看過され易いので、自己管理が特に大切だ。基本的に信用という概念の通用しない存在である受刑者は、刑務官からは仮病を疑われがちで診察や治療が必要だと判断してもらうのが難しいのだ。虫歯は特に診察や治療の予約に漕ぎ付くまでが長い上に、治療を待機している間にどんどん悪化していくから悲惨だと聞く。俺の刑務生活での最大の楽しみは食事なので、俺は絶対に虫歯にはなりたくない。
「もうすぐ終わるから、ちょっと待ってて」
歯ブラシを握ったまま、鏡越しに見える大柄な男に声をかける。男は雑居房の薄い畳を叩いて早くしろと急かした。その周りの受刑者も半笑いで待機していた。
 雑居房は複数人の受刑者が共同で生活する房である。当然、嫌でも此処での人付き合いが密になる。上下関係だって形成される。俺は受刑者同士のヒエラルキーで言えば良くも悪くも無く、ただ面倒事を起こさず無難に最低限度の生活を営める程度の部類だ。だが、俺を呼ぶ男は違う。この房の部屋長を務め、刑務官とズブズブの古参であり喧嘩も強い、刑務所内では猿山の大将というポジションをキープする110564番様だ。コイツの機嫌を損ねても良い事は無いので逆らおうとは思わないが、あまり従順過ぎても搾取される一方になるので適度な距離で居たいのが本音だった。
「高橋さん、まだ?」
口を濯いでいる隙に、110564番に真後ろに詰め寄られた。ズボンを摺り下げられ、既に怒張したペニスをパンツの中に捻じ込んでくる。脚の付け根に生暖かい粘膜が擦り付けられる。俺はオナニーでアナルを開発した身だが、別に男が好きという訳では無いので普通に不愉快だった。
 だがこれ以上待たせると流石に機嫌を損ねて無茶をされそうなので、歯ブラシを置いて振り返る。
「もう済んだ。あと、呼ぶなら114514番な」
「他人行儀過ぎない?」
110564番が人のパンツにチンコ突っ込んだまま駄々を捏ねた。彼は俺より1つ年下なだけだと言うが、少年刑務所から移送されて来てずっと此処に居るらしく精神的に幼かった。若干頭の螺子が緩いからこそ扱い易くはあるのだが、可愛く感じた事は全く無かった。
「母親と同じ名前で呼ばれたら萎える」
精神的な距離感の問題なのだが、態々説明はすまい。パンツに入り込んだブツを撤退させて、畳の敷いてある方へと向かう。受刑者同士の性交渉は御法度で、本来なら即刻懲罰房送りの問題行為だが、この男はそれを看過される。というか、ヒエラルキー上位の受刑者と刑務官が持つ暗黙の特権のようなものだった。

 汚されないよう衣類を畳んで避けていると、畳の上に胡坐を掻いた110564番が強請った。
「とりあえず咥えて。本番ではちゃんとゴム付けっから」
彼とは過去に何度もゴムを付けないと嫌だと交渉した所為か、コンドームを付けるというのが何か要求される時の枕詞になりつつある。基本的に風呂は普通の刑務所と一緒で毎日入れる訳ではないが、あの特殊な刑務作業のおかげで陰部は1日に最低でも2回は洗う事になっているので、フェラくらいなら生でも許容出来る。しかし衛生的にも精神的にも生で挿入されるのは絶対に受け入れられなかった。
 男の物を舐めるのは刑務所に入ってからが初めてだが、こんな所に入所して半年である。一通りは覚えてしまった。黙って彼の股間に顔を埋め、それを口に含む。110564番の取り巻きであり、房を同じくする受刑者達が卑下た笑い声をあげた。俺は正座に近い姿勢だったが、頭を下げた分尻が浮くので、取り巻き達には充分滑稽な格好に見えるのだろう。
「高橋さん上手だよね」
110564番が俺の後頭部に手を置いて褒めた。正直全然嬉しくないし馬鹿にされていると感じるが、下手糞と言われてイラマチオを強制されるよりは余程マシだった。受刑者番号で呼べと訂正するのも面倒で、咥えながら適当な返事をした。
「本当、今日試用したオナホより全然良い」
尿道の窪みを舌先で舐って、咥えきれない根元や睾丸を両の手で撫でてやる。性感と優越感で恍惚とした声で、男がそう評価した。俺はオナホールの試用なんて久しくやっていないが、彼のように刑務官に贔屓されている受刑者は比較的に楽な製品の試用をさせてもらえるのだ。俺も刑務官に好かれてはいるのだが、どうも淫乱さを面白がられている節が強い所為で、ハードな作業ばかり割り振られている。

 「ふゎっ!?」
何の予告もなく尻の穴に誰かの指が入ってきて、思わず声があがってしまった。驚いた拍子に噛み切ってしまったらどうする気だと文句を言おうかと思ったが、頭に置かれた110564番の手の所為で顔が上げられなくて抗議を断念した。
「おお、意外と狭いぞ」
指を咥えて見ていただけの取り巻きの一人が参加してきたらしく、指がアナルを広げるように出し入れされる。刑務作業の為に朝と昼に腸内を洗浄させられる事を知っている分、こいつ等は軽率に人の排泄器官を触ってくる。
「ははは、そりゃ今日の作業ではお尻使ってないもんね?」
受刑者として年季が入ってくると、刑務官から他人の事を色々と聞くらしい。110564番の手が脇の下を通って乳首を触る。作業で延々と弄り回して神経が過敏になったそこは、撫でられるだけで容易く熱を持った。陰茎を咥えさせられた口からは呼吸が儘ならず、熱を孕んだ吐息が鼻から漏れる。尻に入れられた指も徐々に広げる目的から悪戯に変わり、前立腺を掠めるように動くようになった。商品試験という刑務作業では味わう事の出来ない多方面からの刺激に鼻息が荒くなる。自身の陰茎も立ち上がってきたが、気付かないふりをしてフェラに専念する。持ち主と同様に可愛げの無いペニスを深く咥え込むと、亀頭が上顎を擦って喉を突くので嘔吐反射で喉がヒクつく。そのまま口内の空気を抜くようにバキュームしてみせると、頭上で110564番が上擦った声をあげた。

 そのまま頭を上下に動かして刺激し続けていると、110564番が俺の乳首を触るのを止めて声をかけた。しゃぶるのはもう止めて良いと言って、俺の顔を上げさせる。俺の尻に悪戯していた奴も手を止めた。止まらなかったのは、俺のペニスから滴る先走りだけだった。
「今日は何したか皆に教えてあげてよ」
110564番は自身の陰茎を手で扱きながら言った。ソフトな口調だが実質的には命令である。いや、逆らわれない自信があるからこそ、威圧が要らないのだろう。俺は脚を閉じて正座した状態で、今日の労務作業について報告した。
「午前は尿道ブジーで、午後は乳首のマッサージャーを」
正座した太腿の間で勃起している陰茎が酷く目立って、情けない格好だった。ついさっきまで110564番に触られていた乳首は硬く勃起して上を向いているし、ぱっくり開いた尿道口は先走りに濡れて一層よく見えた。卑下た笑い声と共に多方面から手が伸びて、取り巻き達が一斉に俺の身体を弄る。
「ケツが寂しかったんじゃないのか」
さっき俺の尻を触っていた奴が恩着せがましく言った。
「此処にどのくらい太いのが入るんですか?」
俺よりも入所歴の浅い奴も、親指の腹でペニスの先端をグリグリと刺激してきた。刑務官や部屋長が居ない時は親しく喋る事もある連中も、昼に尻にバイブを入れて悦がっていた連中も、容赦無く嘲笑を浴びせてくる。そうやって皆で俺を攻め立てた方が110564番が喜ぶと知っているからだ。これだけ好き勝手に身体を弄りつつも誰も直にペニスを擦り付けたり入れたりしないのも、この猿山の大将が優先される事が周知されている所為だ。当の110564番はそんな遣り取りを見ながら一層激しく自身のペニスを扱いていた。
「高橋さん、出すよ」
わざわざ110564番が呼びかけてきたから、てっきり顔に引っかけたがるものだと思って口と眼を固く閉じたが、熱い飛沫は胸へとかかった。既に紅く充血して強く自己主張する乳首を滑る白濁で汚した男は満足そうに笑う。精液をローション代わりに乳首を揉みこまれて、思わず嬌声をあげてしまった。
「今日、乳首だけでイったって?」
そんな事まで耳にしていたらしく、胸の突起を執拗に嬲ってくる。刑務官ではなく、同じ作業をした者が教えたのかもしれない。乳首への刺激だけという中途半端な快感に苦しめられ啜り泣く受刑者が多い中で、俺のように純粋な快感を得ていた人間は少ないので目立つ。作業後にも恥ずかしい思いをしてしまえと八つ当たりめいた理由で情報がバラ撒かれることは少なくなかった。此処であからさまに恥ずかしがれば面白がられるだけなので、俯いたり胸を守ったりしたい衝動を堪えて膝の上で拳を作る。
「べつに、あっ、ちょっと……うぅっ〜〜っ」
別に俺だけがイった訳じゃないし、と巻き添えを作ろうと思ったが、110564番が胸に吸い付いたのでそれどころではなくなってしまった。吸引される右の乳首が疼いた。それだけでも充分切ないのに、左の乳首まで指で弾かれたり摘まれたりと強い刺激が与えられて脊椎まで甘く痺れた。刺激から逃げようと上半身を反らすが、快楽に支配された身体に上手く力が入らず仰向け倒れる。
 その瞬間、俺は射精してしまった。

 本当だ、と誰がともなく呟く声が聞こえて、耳まで真っ赤になった。

 衆人環視の中でマニアックな性癖を暴かれるのは流石に堪えた。
 労務作業は義務という言い訳がある上に一緒に同じ恥をかいてくれる人間が複数いるので、恥ずかしくはあっても慣れれば割り切れるものだった。しかし、これには慣れなんて無いように思えた。
 恥ずかしい。屈辱である。そんな惨めさに後天性のマゾヒズムが反応して、またペニスが元気になり始める。そして恥ずかしさで興奮しているという己の不甲斐無さが、また羞恥心を擽って、これでは永久機関だ。
「高橋さん、恥ずかしいの好きなんだね」
110564番が柔らかい口調で辱める。彼の方が年下な筈だが、この時ばかりは稚児にでもなった気分で頷いてしまった。脚を割り開かれて腰を持ち上げられれば、仰向けに転がっていた俺の眼前に自分のペニスがぶら下がった。天井の方を向いたアナルが人目に晒され、広くない房の中に歓声が沸く。110564番の太い指を、ちゅぷっと音を立ててアナルが飲み込んだ。
「んん、あ、ん」
アナルに指が入っただけで、先走りがとろとろと零れた。更に情けなく暴かれる事を期待して、性器よりも快楽に親しんだ肛門が異物を歓迎して蠕動する。蠢く腸壁をあやすように掻いていく節くれた太い指を離すまいと括約筋が収縮する。指の関節の形まで分かってしまうような錯覚を覚えてしまう。高橋さんが喜ぶと思ってイボ付いてるヤツをパクってきたよ、とスキンを口頭で紹介されたが、快楽を貪る事に夢中な頭には殆ど入らなかった。
 細かい突起物で覆われた熱い陰茎に腸壁を擦り上げられて初めて、俺は110564番がちゃんと宣言通りコンドームを付けてくれた事を悟った。
「あっすごいぃ」
決して短くはない陰茎が、一息で根元まで収められる。その膨満感に押し出されるように声が出た。素直過ぎるそれは労務作業のクセだった。周りがどっと囃し立てたが、凄いのは愛想でも媚でもなく本当の事だった。製品の試用では味わえない熱と、玩具特有のゴム製のイボの感触に背中が震える。
「こういうの好き?」
気を良くした110564番が分かりきった事を訪ねながら、ゆっくりとペニスを引き抜いていく。そして先端だけ入れて、浅い範囲だけで緩慢に抜き差しを繰り返す。焦らされた。イイ部分に押し当たるのを避けて責め立て、此方が卑猥な言葉で催促するのを露骨に待っていた。ゆっくり引き抜かれると、イボが肛門の縁を擽る感覚が鮮明に伝わって酷くくすぐったい。排泄感に似た原始的な心地だった。目の前で逆さ吊りになっている自身のペニスから、カウパーが胸へと滴り落ちる。快楽として昇華される手前のもどかしさに酔って、恥ずかしい言葉を口にする。
「ん、すき、好きだから、きもちいから、奥にも頂戴……」
狙い通りに催促してやれば、110564番は俺の脚を離して腰を掴んだ。そのまま引き寄せられ、肉を掻き分けて最奥までズンとペニスが届き、陰嚢が会陰に押し当たる。刺激に飢えた前立腺も圧迫され、快楽に背が反る。徐々に活塞が激しくなり、肉と肉がぶつかり合う音が房に響く。隣近所の房の連中は、覗かずとも俺達が何をしているかなんて丸分かりだろう。そう思ったら、更に高ぶってしまった。蜜を零し続ける陰茎も、110564番の堅い腹に擦られてあられもない水音を奏で始める。

 110564番が機嫌良く腰を振っているのを見計らって、取り巻き達が加わる。
「ほら、俺のも扱いて」
その内の一人が俺の手を取って、勝手にチンコを握らせてくる。既に硬く滾って脈打つそれに指を絡めてやるが、イイところを突かれる度に手が意図に反した動きをするので上手く出来なかった。それでももう片方の手も取られて、二人目の物も握らされる。
「はぁっ、ん、ぃい、んん!」
快楽のあまり反らした胸に、110564番が吸い付いた。じゅるるるるっと派手な音をたてて、激しく執拗にしゃぶるので、またイってしまった。射精に合わせて内壁が収縮して、アナルが彼のペニスを締め上げる。絶頂最中の過敏な粘膜を、ペニスが容赦無く穿つ。
「やっ、イってる、だめ、イってるのに!」
強過ぎる刺激に容赦を乞うが、肛虐は激しくなる一方だった。射精直後の敏感な亀頭も、男の腹で擦られ続けて馬鹿になりそうだった。どうにか彼の動く速度を緩和できないかと脚を彼の腰に回して締め付けるが、この大柄な男の動きをそんな事で阻害出来る訳がなかった。返って尻の中の異物を喰い締める結果になって、快楽に追い詰められた。
「俺も、イくから、もうちょっと」
此方の都合などお構いなしに、更に力強く腰が打ち付けられる。110564番の重厚な身体と畳の間で逃げ場を無くしている俺の身体は、岸に上がった魚のように跳ねた。エラの張ったペニスが出入りする度に、前立腺が擦り上げられて口から変な声が引っ切り無しに漏れる。馬鹿になったペニスが男の腹に向かってぴゅくぴゅくと精液を吐いていた。
「はは、高橋さんまたイってる」
そう言って110564番も達したようで、やっと腰を止めた。

 110564番が動きを止めても、俺の内腿の痙攣と間欠泉みたいな射精は暫く続いて、彼の腹に透明に近い精を零していた。
 それが収まってきた頃、取り巻き達も俺の手や顔に精液をかけてひとまずは満足した。掌で受けきれなかった分の精液が畳に落ちる。今日はとうに鼻が慣れて青臭さが気にならないが、当分この房は烏賊臭くなるだろう。そんな風に、冷静さを取り戻しつつある頭がどうでも良い情報を拾い始める。
「高橋さん、次は俺が突っ込んでいい?」
110564番がゆっくりとペニスを引き抜くと、取り巻きの一人が立候補した。勝手に脚の間に入ってくるので、慌ててそいつを蹴り上げた。
「駄目、もう片付けて寝る。あと、114514番だって言ってんだろ」
力の入りきらない身体では弱い抵抗しか出来なかったが、110564番が彼の首根っこを掴んで制止したので助かった。


 押し寄せる倦怠感と闘いながら、身体中に付着した精液を濡らしたトイレットペーパーで拭う。
「どんだけその受刑者番号気に入ってんの」
何度も訂正を重ねた所為か、俺に突っ込み損ねた男が悪態交じりに聞いてくる。頭が緩くて他人の事情に頓着しない110564番とは違って適当な理由では流せそうになかった。
「番号で呼ばれるのは刑務所の中だけだからな。男とセックスすんのも、此処の中だけ」
娑婆で使う名前でこの行為を繰り返していたら、何か取り返しがつかなくなるような気がしたのだ。
 男は馬鹿だなぁと笑った。
「もう娑婆じゃ生きていけない淫乱だよ、あんたは」

 確かに、もう自慰だけじゃ絶対に満足出来ないだろうと思った。
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